知っていたんだよ

ある日のこと。

 

学校から帰ってくると、ウチの小さな貧乏教会に

パトカーが止まっていて、中に警官が2人いた。

 

何事かと母に聞くと、何でも

「秋山さん(仮名)が暴れて倒れた」とのこと。

 

近所の人が大声にびっくりして、

勝手に気を回して警察を呼んだらしい。

(そのくらい色々あることで有名だった)

 

秋山さんは警察に抑えられるように

パトカーに乗せられた。

 

親父も後で警察に来るように言われていた。

 

秋山さんは45歳くらいの独身のおばさんで

最近、教会に通うようになった人だ。

 

こんなことを書くと語弊があるのだが、

日本で宗教に入る方は心に病気を持っていたり

社交性が低いことが多い。

 

無宗教の人から見ると、

みんなでわいわいやっているように見えるが

決してそんなことはない。

 

人知を超えた神という存在があるからこそ、

まとまれる人たちであって、

通常のルールやマナーでは浮いてしまうような人が

集まってしまうこともある。

 

決してその人たちが変人なわけではなく、

ウチの教会で言えば、見えてしまう人や

憑かれてしまっている人だと言っても過言ではない。

 

もちろん基本的にはいい人達なのは

言うまでもないが・・・。

 

秋山さんは「自分の親に呪われている」と言って

教会に来た。

 

親父は「子を呪うような親はいない」と言って慰めたが、

秋山さんは呪われていると自己暗示にかかっていた。

 

「なぜ呪われていると思うのか」という親父の問いに

「長い間、顔を見に行っていないから」と答えた。

 

驚いたことに秋山さんの親は生きているのだ。

 

呪われているなどと言うから、

てっきり亡くなっているのだと思っていた。

 

そうとなれば話は早いので秋山さんと親父と母で、

秋山さんの親御さんに会いに行くことにした。

 

無論、学生で信者ではない俺はお留守番だ。

 

数時間後、母から車で迎えに来るように言われて、

電話で聞いた住所をカーナビに入力して向かった。

 

着いた先はゴミ屋敷と呼ぶに相応しいオンボロの家で、

何とも言えない匂いを放っていた。

 

すでにパトカーと救急車が数台来ていて、

夜のゴミ屋敷を赤く照らしていた。

 

家の外でオロオロした母を見つけ、

「いったいどうしたんだ?」と聞いている最中、

家の中からこの世のものと思えない異臭とともに、

頭蓋骨を抱いた秋山さんが警察に両肩を支えられて出てきた。

 

その匂いと異様さに、

俺と母は胃の中のものを道端に吐いた。 

野次馬たちも数人、吐いていた。

 

その後を追うように親父が出てきた。

 

真っ青になりながら

「残念ながら亡くなっていたよ」と言った。

 

服は泥だらけになっており、チーズのような、

何とも言えない匂いが染み付いていた。

 

俺は服を捨てるように頼んで、

パンツ一枚の親父を警察まで送っていった。

 

後日。

 

母親を孤独死させてしまった秋山さんを、

教会のみんなで慰めた。

 

ただ、あのゴミ屋敷を見た俺としては、

たとえ親とはいえ、見捨ててしまうだけの

事情があったのだろうと察した。

 

それでも秋山さんの中で罪悪感があったのだろう。

だから呪われたなんて思ってしまったのだと思っていた。

 

落胆する秋山さんは

毎日のようにお祈りに参加した。

 

俺の目から見ても、

少しずつ元気を取り戻しているように見えた。

 

元気になった秋山さんは逆に、

亡くなった母親の悪口を言うようになった。

 

始めは教会のみんなも黙って聞いていたのだが、

だんだん耳に耐えられなくなって秋山さんを避けた。

 

それでも親父は黙って頷いて

秋山さんの暴言を聞いていた。

 

ここからは母に聞いた話。

 

問題の冒頭の秋山さんが暴れて倒れて、

教会に警察が来た日の話だ。

 

いつものように暴言を吐き続ける秋山さんに、

ついに親父が言った。

 

「あなたのお母さんは首を絞められても、

あなたを恨んだりはしていませんよ」

 

その言葉を聞いた秋山さんは泣き暴れながら

「殺してヤルー」と何度も叫んで気を失ったという。

 

母は、「お父さんは始めから知っていたんだよ」

と言っていた。

 

秋山さんが自首をしたという話は聞いていない。

 

親父に「これでよかったのか?」と尋ねると、

「誰にも言うなよ・・・」とだけ言った。

 

(終)

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