血(後編) 3/3

フラスコ

 

京介さんが思い出話の中で

間崎京子の名前を出す度に、

 

俺はビクビクしていた。

 

ずっと見られていた感覚を

思い出してゾッとする。

 

近づき過ぎた。

 

そう思う。

 

怯える俺に京介さんは、

 

「ここはたぶん大丈夫」

 

と言って部屋の隅を指す。

 

見ると、

 

鉄製の奇妙な形の物体が

四方に置かれている。

 

「わりと強い結界。のつもり。

出典は小アルベルツスのグリモア」

 

なんだかよくわからない

黒魔術用語らしきものが出てきた。

 

「それに」

 

と言って、京介さんは胸元から

ペンダントのようなものを取り出した。

 

首から掛けているそれは、

プレート型のシルバーアクセに見えた。

 

「お守りですか」

 

と聞くと、

 

「ちょっと違うかなぁ」

 

と言う。

 

「日本のお守りは、

どっちかというとアミュレット。

 

これはタリスマンっていうんだ」

 

説明を聞くに、

 

アミュレットはまさにお守りのように

受動的な装具で、

 

タリスマンはより能動的な、

 

『持ち主に力を与える』

 

ための呪物らしい。

 

「これはゲーティアのダビデの星。

 

最もメジャーで、

そして最も強力な魔除け。

 

年代物だ。

 

お前はしかし、

 

私たちのサークルに顔出してるわりには

全然知識がないな。

 

何が目的で来てるんだ。

 

おっと、私以外の人間が触ると

力を失うように聖別してあるから、触るな」

 

見ると手入れはしているようだが、

 

プレートの表面に描かれた細かい図案には

随所にサビが浮き、

 

かなりの古いものであることがわかる。

 

「ください。

なんか、そういうのください」

 

そうでもしないと、

とても無事に家まで帰れる自信がない。

 

「素人には通販ので十分だろう。

 

と言いたいところだが、

相手が悪いからな」

 

京介さんは押入れに頭を突っ込んで、

しばしゴソゴソと探っていたが、

 

「あった」

 

と言って、

微妙に歪んだプレートを出してきた。

 

「トルエルのグリモアのタリスマン。

 

まあ、これも魔除けだ。

貸してやる。

 

あげるんじゃないぞ。

かなり貴重なものだからな」

 

なんでもいい。

 

無いよりマシだ。

 

俺はありがたく頂戴して、

さっそく首から掛けた。

 

「黒魔術好きな人って、

みんなこういうの持ってるんですか」

 

「必要なら持ってるだろう。

必要もないのに持ってる素人も多いがな」

 

京子さんはと言いかけて、

言い直す形でさらに聞いてみた。

 

「あの人も、持ってるんですかね」

 

「持ってたよ。

今でも持ってるかは知らないけど。

 

あいつのは別格だ」

 

京介さんは自然と唾を飲んで言った。

 

「初めて見せてもらった時は足が竦んだ。

今でも寒気がする」

 

そんなことを聞かされると怖くなってくる。

 

「あいつの父親が

そういう呪物のコレクターで、

 

よりによってあんなものを

娘に持たせたらしい。

 

人格が歪んで当然だ」

 

煽るだけ煽って、

京介さんは詳しいことを教えてくれなかった。

 

ただ、

なんとか聞き出せた部分だけ書くと、

 

『この世にあってはならない形』

 

をしていること。

 

そして、

 

『五色地図のタリスマン』

 

という表現。

 

どんな目的のためのものなのか、

そこからは窺い知れない。

 

「靴を引っ張られる感覚が

あったんだってな。

 

感染呪術まがいのイタズラを

されたみたいだけど、

 

まあこれ以上変に探りまわらなければ

大丈夫だろう」

 

京介さんはそう安請け合いしたが、

 

俺は黒魔術という『遊びの手段』

としか思っていなかったものが、

 

現実になんらかの危害を及ぼそうと

していることに対して、

 

信じられない思いと、

そして得体の知れない恐怖を感じていた。

 

体が無性に震えてくる。

 

「一番いいのは信じないことだ。

 

そんなことあるわけありません、

気のせいです、

 

って思いながら生きてたらそれでいい」

 

京介さんはビールの缶をベコッとへこますと、

ゴミ箱に投げ込んだ。

 

そう簡単にはいかない。

 

なぜなら、

 

間崎京子のタリスマンのことを

話し始めた時から、

 

俺の感覚器はある異変に

反応していたから。

 

京介さんが第二理科室に

乗り込んだ時の不快感が、

 

今はわかる気がする。

 

体が震えて涙が出てきた。

 

俺は借りたばかりのタリスマンを握り締めて、

勇気を出して口にした。

 

「血の、匂いが、しません、か」

 

部屋中にうっすらと、

 

懐かしいような禍々しいような異臭が

漂っている気がするのだ。

 

京介さんは今日一度も見せなかったような

冷徹な表情で、

 

「そんなことはない」

 

と言った。

 

いや、

やっぱり血の匂いだ。

 

気の迷いじゃない。

 

「でも・・・」

 

言いかけた俺の頭を、

京介さんはグーで殴った。

 

「気にするな」

 

わけがわからなくなって

錯乱しそうな俺を、

 

無表情を崩さない京介さんが

じっと見ている。

 

「生理中なんだ」

 

笑いもせず淡々とそう言った顔を

まじまじと見たが、

 

その真贋は読み取れなかった。

 

(終)

次の話・・・「血(後日談)

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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2 Responses to “血(後編) 3/3”

  1. 素人 より:

    師匠シリーズは、面白いです

    • ですよね!(。´∀`。)

      それぞれの登場人物に独特の雰囲気があって、
      それがうまく絡み合っています。

      ゾクっとする中に、
      笑いもあったり意外な展開もあったりで、

      読んでいてとても面白いです。

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