ともだち 2/2

影

 

「普通、

 

他の子どもが大勢いる場所では、

イマジナリーコンパニオンは現れない。

 

本人にとって孤独さを感じる場面で

出現するケースが多い。

 

だけど、あの子の場合は

幼稚園という空間さえ、

 

極めて個人的なものに

なってしまっているらしい。

 

今はあの物体に、

完全に捕らわれているように見える。

 

一度、迎えに来た母親の後を

つけようとしたけど、

 

少し離れたところに高そうな車を

停めてあって無理だった」

 

と師匠は言った。

 

その時、

白い壁の向こう側で、

 

エプロン姿の若い先生と、

 

園長先生らしき年配の女性が

こちらを指差して、

 

何事か話しているのが目に入った。

 

焦った俺は、

とりあえず自転車に飛び乗って逃げた。

 

後から師匠が、

 

手を振りながら走って付いて

来ているのに気づいていたが、

 

無視した。

 

部屋の外にいても、

テレビがついているのがわかる。

 

音なのかなんなのかよくわからないが、

とにかくわかる。

 

周囲の人に聞いても、

 

「あ、わかるわかる」

 

と同意してくれるので、

たぶん俺だけではないはずだ。

 

だからその時も、

 

ただわかったからわかったとしか

言いようがないのだった。

 

幼稚園から逃げ出した、

その日の夜である。

 

その頃、

 

完全に電気を消して寝る癖が

ついていたので、

 

ふいに目を覚ました時も、

暗闇の中だった。

 

自分の部屋の見慣れた天井が

うっすらと見える。

 

ベッドの上、

 

仰向けのまま半ば夢心地で

ぼーっとしていると、

 

テレビがついているのに

気がついたのである。

 

部屋の中のテレビではない。

 

薄いドアを隔てた向こうの台所で、

どうやらテレビがついているようだ。

 

そちらに目を向けるが、

 

ドアに付いている小さな小窓の輪郭が

微かにわかる程度で、

 

その小窓の向こうには光さえ見えない。

 

音でもない、

光でもない。

 

けれど、

 

テレビがついているのが

わかるのである。

 

もちろん台所にテレビなどない。

 

俺は半覚醒状態のまま、

 

ただただ不思議な気持ちで

ベッドからのそりと起き上がり、

 

ふらふらと手探りでドアに向かった。

 

電気をつけるという発想はなかった。

 

つけたら眩しいだろうなと、

寝ぼけた頭で考えたのだと思う。

 

ゆっくりとドアのノブに手をかけ、

向こう側へ押し開ける。

 

薄暗闇の中、

 

空中に女の顔が

浮かんでいるのが見えた。

 

いや、

顔だけではなかった。

 

冗談のような小さな胴体と手足が、

粘土細工のようにくっ付いている。

 

それがふわふわと、

台所のある空間に漂っているのだった。

 

その時、

怖いと思ったのかは覚えていない。

 

ただ気がつくと、

俺は自分のベッドに戻っており、

 

仰向けのいつもの姿勢で、

朝の目覚めを迎えたのだった。

 

夜の出来事を反芻して、

鳥肌が立つような気持ち悪さに襲われ、

 

『連れて来てしまった』

 

・・・んじゃないかと身震いした。

 

※反芻(はんすう)

繰り返し考えること。

 

朝から師匠の部屋に転がり込んで

そのことを話すと、

 

「そんなはずない」

 

と言って笑うのだ。

 

「幽霊じゃないんだから。

 

あの女の子の見ている幻を、

その子がいない場所で、

 

どうして別の誰かが

体験できるっていうんだ。

 

夢でも見たんだろう」

 

師匠はそんな言葉を並べ立て、

俺もだんだんとそんな気になりかけていた。

 

思いつきで、

 

その女の顔がある芸能人に

似ていたことを口にするまでは。

 

それを聞いた途端に師匠の顔つきが変わり、

その名前をもう一度俺に確認した。

 

どうやら師匠の見ていた顔と

同じ印象を俺が持ったことに、

 

納得がいかないらしい。

 

「そうか、わかった」

 

師匠はニヤリと笑うと説明した。

 

あの幼稚園の女の子も、

 

その芸能人の面影に、

僅かに似ているらしい。

 

ということはつまり、

 

自分自身のイマジナリーコンパニオンに

似ているということだ。

 

女の子は想像上の友だちとして、

自己を投影した理想的大人を仕立て上げ、

 

自分を愛さない母親の代わりに、

いつも傍にいてくれる存在としたのだ。

 

母親のようにはならないという

反発心から、

 

母親とは違う大人に成長した、

自分をイメージして。

 

そして、『ともだち』として

相応しい等身にして・・・

 

そんな仮説をスラスラと口にする

師匠に俺は言った。

 

「俺、その子の顔なんて

見てないですよ。

 

あんな距離じゃ、全然。

目が悪いの知ってるでしょ」

 

俺が女の子の顔から

その芸能人を連想した、

 

ということを言いたかった

らしい師匠は沈黙した。

 

それからしばらくして、

 

ゆっくりと顔を上げ、

真剣な目をして言うのだ。

 

「あれがイマジナリー

コンパニオンなんかじゃなく、

 

霊的なものだとするなら、

 

おまえの部屋に出たってことが、

どういうことかわかってるのか」

 

その言葉を聞いた瞬間、

悪寒が全身を駆け抜けた。

 

あからさまに怯え始めた俺を見て、

師匠は膝を叩いて言う。

 

「よし、

 

なんだかわかんないものは、

とりあえずブッ殺そう」

 

やたら頼もしい言葉に

頷きそうになるが、

 

穏便にお願いしますという

ジェスチャーで返す。

 

「冗談だ」

 

笑っているが、

どこまで本当かわからない。

 

「まあ放っとこう。

 

どうせ取り憑かれてるのは、

あの子だ。

 

なんならここに2~3日、

泊まってけばいい。

 

大抵のヤツなら逃げてくよ」

 

そんなハッタリめいたことを言う。

 

まるでこの安アパートが

霊場のような言い草だ。

 

けれど、

少し気が楽になった。

 

結局、

その2頭身の女のバケモノは、

 

二度と俺の前に現れなかった。

 

師匠も、

 

その正体を結論付ける前に

警察を呼ばれてしまい、

 

二度とその幼稚園には

近づけなかったらしい。

 

「警察は霊なんかよりずっと怖い」

 

と、のちに彼は語っている。

 

(終)

次の話・・・「鋏 1/5

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