「お母さん・・」と川の方を指さす女の子

河川敷

 

私の身に起こった事を聞いてください。

 

私は趣味と言えるほどの散歩好きで、

毎日散歩を欠かす事がありません。

 

特に旅行先などでは、

 

知らない道を散歩するのが

何より楽しいのです。

 

その体験をしたのも、

旅行先での散歩の途中でした。

 

夕食後、

 

旅館の近所を少しぶらつこうと思い、

ふらっと出掛けました。

 

少し歩くと大きな川があり、

 

幅10m程の河川敷の川寄りが

遊歩道になっていたので、

 

そこを歩こうと決めました。

 

遊歩道から川面までは高さ3mほどの

法面になっており、

 

※法面(のりめん)

一般には切取りまたは盛土によってつくられた人工的傾斜面のことであるが、自然傾斜面も法面ということがある。

 

自然に生えた木や雑草で、

川の流れを見る事は出来ませんでした。

 

30分くらい歩いたでしょうか。

 

辺りもだいぶ暗くなり、

 

そろそろ戻ろうかと思っていた頃に、

小さな人影が見えました。

 

近づいてみると、

 

小学校低学年くらいの女の子が

一人で泣いています。

 

迷子かと思い声をかけてみると、

川の方を指さして、

 

「お母さんが・・・」

 

と言います。

 

お母さんがどうしたの?

と訊いても顔も上げず、

 

「お母さんが・・・」

 

と言うだけです。

 

その辺りの川は特に草木が多く

鬱蒼としており、

 

川は全く見えません。

 

もしかして身投げかと思い、

茂みをかき分けて入ってみました。

 

「おーい、誰かいますかー」

 

と声をかけてみましたが、

返事はありません。

 

すると河川敷の方から「どうしました?」

と声をかけられたので、

 

見ると女の子の横に初老の夫婦が

立っていてこちらを見ていました。

 

「この辺りに人がいるみたいなんです!」

 

「そりゃ大変だ。

 

どのみちもう暗いし、

川の中へ入るのは危ないから、

 

警察を呼びましょう」

 

と110番してくれました。

 

暫くするとパトカーや救急車がやってきて、

 

7~8人の警官が照明を使いながら

川の中を探してくれました。

 

女の子はその様子をじっと見ていて、

 

不安なのか私の手を握ってきたので、

小さな手をぎゅっと握り返してあげました。

 

「いたぞー!」

 

探し始めて10分も経たないうちに、

一人の警官が声を上げました。

 

他の警官や救急隊員も、

そちらへ向かいます。

 

それはちょうど、

私の正面の茂みの辺りでした。

 

残念ながら間に合わなかったようで、

 

担架で運ばれたのは、

ビニールシートに包まれた遺体でした。

 

それが私達の前を運ばれて行く時、

 

私の手を握る小さな手に、

ぎゅっと力が入ったのを感じました。

 

私はその子が気の毒で見れませんでした。

 

ただ泣いていました。

 

涙を抑える事が出来ませんでした。

 

すぐに警官の一人が

事情を聞かせて欲しいというので、

 

あった事を全て話しました。

 

話し終えると怪訝な顔をして、

間違いないか訊き返してきます。

 

それほど混み合った話でもないのに妙だな・・・

と思いながら、

 

間違いありませんと言いました。

 

しばらく考えた後、

警官が口を開きました。

 

「おかしな事がいくつかあります。

 

まず先ほど発見された遺体は、

死後1週間以上は経っています。

 

おそらくもっと上流で亡くなり、

ここまで流されたのでしょう」

 

「そんな馬鹿な事はない。

 

もしそうだとしたら、

 

ここに母親がいるのがこの子に

分かるわけないじゃないか!」

 

と言いながら、

 

私は手の中にあった小さな温もりが、

いつの間にか消えているのを感じました。

 

「もうひとつのおかしな事はそれです。

その女の子を誰も見ていないんですよ・・・」

 

これはあくまでも想像ですが、

 

川の上流で母と心中した女の子が、

流されてしまった母を見つけてもらうため、

 

私の前に現れたのかも知れません。

 

(終)

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