リゾートバイト(本編)11/14

おんどうの中は、ひんやりしていた。

 

実際、ここで飲まず食わずで

やっていけるのかと不安だったが、

これなら一晩くらいは持ちそうだと思った。

 

建物自体はかなり古く、

壁には所々に隙間があった。

といっても結構小さいものだけど。

 

まだ昼時ということもあり、

外の光がその隙間から入り、

AとBの顔もしっかり確認出来た。

 

顔を見合わせても何も喋ることが出来ない

という状況は、生まれて初めてだった。

 

『大丈夫だ』という意味を込めて俺が頷くと、

AもBも頷き返してくれた。

 

しばらくすると顔を見合わせる回数も

少なくなり、終いには、

お互い別々の方向を向いていた。

 

喋りたくても喋れないもどかしさの中、

後どれくらいの時間が残っているのか

見当も付かない俺達は、

ただただ呆然と、その場にいることしか

出来なかったんだ。

 

途方もない時間が過ぎていると

感じているのに、まだ外は明るかった。

 

すると、Aがゴソゴソと音を立て出した。

 

何をしているのかと思い、

あまり大きな音を出す前に止めさせよう

と思ってAの方に向き直ると、

Aは手に持った紙とペンを俺達に見せた。

 

こいつは坊さんの言うことを聞かずに、

密かにペンを隠し持っていたのだ。

 

そして紙は、板ガムの包み紙だった。

 

まあ、メモ用紙なんて

持っているはずない俺達なので、

きっとそれしか

思い浮かばなかったんだろう。

 

こいつ何やってんだよ・・・

 

一瞬そう思った俺だが、

意思の疎通が出来ないこの状況で

極限に心細くなっていた所為もあり、

Aの取った行動に

何も言う事が出来なかった。

 

むしろ、ひとつの光というか、

上手く説明できないんだが、

とにかくすごく安心したのを覚えてる。

 

Aは、まず自分で紙に文字を書き、

俺に渡してきた。

 

『みんな大丈夫か?』

 

俺はAからペンを受け取り、

なるべく小さく、

スペースを空けるようにして

書き込んだ。

 

『俺は今のところ大丈夫、Bは?』

 

そしてBに紙とペンを一緒に手渡した。

 

『俺も今は平気。

何も見えないし聞こえない』

 

そしてAに紙とペンが戻った。

こんな感じで、俺達の筆談が始まったんだ。

 

A『ガム残り4枚。外紙と銀紙で8枚。

小さく文字書こう』

 

『OK。夜になったら出来なくなるから

今のうちに喋る』

 

B『わかった』

 

A『今、何時くらい?』

 

『わからん』

 

B『5時くらい?』

 

A『ここ来たの、1時くらいだった』

 

『なら、4時くらいか』

 

B『まだ3時間か』

 

A『長いな』

 

こんな感じで他愛もない話をして、

1枚目が終わった。

 

するとAが書いてきた。

 

A『○○文字でかい』

 

俺は、謝る仕草を見せた。

 

するとAは俺にペンを渡してきたので、

『腹減った』と書き込みBに渡した。

 

そしてBが何も書かずに、Aに紙を渡した。

するとAは『俺も』と書いて、俺に渡してきた。

 

あれだけ心細かったのに、

いざ話すとなるとみんな何も出てこなかった。

 

俺は、日が沈む前に

言っておかなければならないことを書いた。

 

『何があっても、最後までがんばろうな』

 

B『うん』

 

A『俺、叫んだらどうしよう』

 

『なにか口に突っ込んどけ』

 

B『突っ込むものなんてないよ』

 

A『服脱いでおくか』

 

『てか、何も起きない。

そう信じよう』

 

Bは、俺の書いた言葉には、

ノーコメントだった。

 

俺も書いた後、自分で

何を言ってるんだろうと思った。

 

坊さんは、何も起きないとは

一言も言っていなかった。

 

むしろ、これから何が起こるのかを

予想しているような口ぶりで、

俺達に幾つも忠告をしたんだ。

 

そう考えると俺達は、

一刻も早く時間が過ぎてくれることを

願っている一方で、

本当の本当は、

夜を迎えるのがすごく怖かったんだ。

夜だけじゃない、あの時そうしてる時間も、

本当は怖くてしょうがなかった。

 

唯一の救いが、互いの存在を

目視できるということだっただけで。

 

俺の一言で、空気が一気に重くなった。

 

俺はこの空気をどうにかしようと、

Bの持っていた紙とペンをもらい、

 

『何か喋れ、時間もったいない』

 

と書いてAに渡した。

他人任せもいいとこ。

 

Aは一瞬困惑したが、

少し考えて書き出し、俺に渡してきた。

 

A『じゃあ、帰ったら何するか』

 

『いいね。俺はまずツタヤだな』

 

B『なんでツタヤ?』

 

『DVD返すの忘れてた』

 

A『どんだけ延泊!?』

 

まあ嘘だった。

 

どうにかして気を紛らわせたかったから、

なんでもいいやって適当に書いた。

 

結果、雰囲気はほんの少しだが和み、

AもBも帰ったら何をするかを書いた。

 

少しずつだが、ゆっくりと俺達は

静かな時間を過ごした。

 

そして残りの紙も少なくなった頃、

Bはある言葉を紙に書いた。

 

B『俺は坊さんに言われたことを

必ず守る。死にたくない』

 

俺もAも、最後の言葉を見つめてた。

 

俺は『死にたくない』なんて言葉、

生まれてこの方、

本気で言ったことなんかない。

きっと、Aもそうだろう。

 

死ぬなんて、考えていなかったからだ。

死を間近に感じたことがないからだ。

 

それを今、目の前で心の底から

言うやつがいる。

 

その事実がすごく衝撃的だった。

俺はBの目をしっかりと見つめ、頷いた。

 

その後は特に何も話さなかったが、

不思議と孤独感はなかった。

 

お互いの存在を感じながら、

俺達は日が暮れるのを感じていた。

 

何もせずにいると蝉の鳴き声がうるさくて、

でも徐々に耳が慣れて気にならなくなった。

 

(続く)リゾートバイト(本編)12/14へ

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