茂みの中にぽつんと立っている美人な女性

葦

 

これは、知り合いの話。

 

配達業をしていた彼が、よく通っていた山道があった。

 

その山道は途中で川と面しており、葦(アシ)の生い茂った砂洲が見える。(砂洲とは、流水によって形成される砂の堆積構造のこと)

 

いつの頃からか、その葦の茂みの中に女性が立つようになったのだという。

 

彼が言うには、腰までの黒い髪に白いワンピース姿で、かなりの美人だったそうだ。

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彼女が立っている辺りは昔・・・

最初は怪訝に思っていた彼は、そのうち彼女を眺めるのが楽しみになった。

 

なぜか夕刻にしか現れないのが気にはなったが。

 

ひと月ほど経つと、彼女の方も彼を意識したらしい。

 

彼が通ると微笑みかけるようになったのだ。

 

彼は手を上げて挨拶を返し、すっかり有頂天になっていた。

 

「次は車を止めて、直接話しかけようと思うんだ」

 

ドライバーの仲間うちで飲んだ時に、彼はこう打ち明けた。

 

しかし仲間たちは皆、困ったような何とも言えない顔をした。

 

「車から降りるのは止めた方がいいよ、絶対に」

 

「どうしてさ?」

 

仲間たちが渋々といった感じで順番に口を開く。

 

「その彼女が立っている辺りな、3年前まで小さな火葬場があったんだ」

 

「一番近い民家でも山ひとつ向こうなのに、彼女はどこから来てるんだ?」

 

「砂洲へ渡る橋も、今は落ちて無くなっているはずだよ」

 

皆の酒を飲む手が止まっていたという。

 

それ以来、彼は夕方にその山道を通るのを避けていた。

 

しかしある夜、急な配送が入って、仕方なく彼はこの道を通ることにした。

 

もう何も出ないだろう、そう高を括っていたせいもある。

 

砂洲の辺りまで差しかかり、彼は悲鳴を上げそうになった。

 

暗黒の中に、白い立ち姿がぽつんと浮かび上がっていたのだ。

 

ライトも届いていないのに、なぜかくっきりと見えたのだという。

 

急いで通り過ぎようとする彼に向かい、彼女は顔を上げた。

 

目元は見えなかったが、口元は怒りに歪んでいるのが分かった。

 

人間のものとは思えない、鋭い尖った犬歯が覗いていた。

 

すると、いきなり彼女は走り出し、葦の中を車に並んで付いて来る。

 

アクセルをベタ踏みすると、その姿はあっという間に小さくなって背後の闇に消えた。

 

幸い、彼女はどうやら川を渡れない存在らしかった。

 

彼は金輪際、その山道には近寄らないことにしたそうだ。

 

次に逢ってしまうと、何かもう酷いことになりそうな気がするのだという。

 

(終)

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