雪解けの時期は遭難者が帰る日
これは、いつも行く飲み屋で、常連で山好きのおっさんが不意に語りかけてきた話。
「あんたも山好きだったな?」
「ええ、俺は日帰りばっかりですけど」
「じゃあ、雪解けの時期はあんまり入らないか」
「そうですね。雪山に遊びには行きますけど、雪解けの時期は行かないっすね」
「ほうかぁ・・・」
おっさんがまだ若い頃、仲間と雪解けの山に小屋泊まりの予定で入ったそうな。
雪が残るその時期の山へ入るには、服装を選ぶのが重要になる。
日が昇れば暑いが、天気が悪くなって風が吹けば寒くなるし、時には名残雪が吹雪いたりする場合もあるからだ。
その日は運良く上天気で、おっさんたちは機嫌良く山を登っていたという。
「あ、こんにちは~」
おっさんたちは降りて来る一組のパーティーに会釈する。
5人いた。
気が付いていなかったが、知らないうちに近くまで寄っていたようだ。
相手はこちらに気が付かぬげに登山道を外れて、道の脇を歩いていく。
よく見ると、厳冬期のような格好の人もいれば、Tシャツに短パンのような夏の軽装の人もいる。
体感温度はそれぞれだからな、と無理に納得して小屋へ急いだ。
「で、小屋へ着いたら今日は登山客は俺ら以外にはいないって言うんだよ」
「登った客も降りた客もいないってことですか?」
「そう。で、小屋の主人が言うことにはね・・・」
主人曰く、“雪解けの時期は遭難者が帰る日”なんだとか。
去年の遭難者は、厳冬期やハイキングの事故も合わせて“5人”だったそうで。
「歩いて帰るってのも山好きだからかね」
「麓に降りたらとりあえずビールでもやってるんですかね」
山には不思議な何かがいつもある。
(終)