転校生と杉の木 3/4

「あの人って・・・。

人があんなとこで何してるんだよ」

 

私の問いには答えず、

彼は池の中心にある噴水の方を見た。

 

「もう、僕に近づかない方が良いよ。

君は特に」

 

意味がわからない。

 

私は口を開きかけたが、

彼の言葉の方が早かった。

 

「僕は病気だから」

 

それはまるで、原稿を読み上げる

ニュースキャスターのように。

 

彼の口調はあくまで淡々としていた。

 

「・・・病気?」

 

「君は、家のお風呂に、

くらげが浮いているのを見たことある?」

 

一瞬、

質問の意味が分からなかった。

 

じっくりと考えた末に、

私は黙って頭を振った。

 

風呂に浸かるくらげ。

そんなもの、見たことあるわけがない。

 

「僕は、そういうのが見える病気だから。

君が見た白い靴や足とかもそう」

 

『自称、見えるヒト』というわけだ。

しかし彼は、その原因を自ら告白した。

 

病気。

 

それは、私の体験した全てを説明出来なくとも、

何かしらの説得力を持っていた。

 

少なくとも、たまにTVに出てくる

ナントカ霊能力者。

 

彼らの様に何の説明もなく、

幽霊やその他が見えると言われるよりも、

はるかにずっと。

 

「君は、僕の病気が伝染ったんだよ。

たまにそういう人いるらしいから。

・・・君は前から見えてたわけじゃ

ないんでしょ?」

 

伝染病。

 

あの白い靴が見えたのは、

彼の病気が私に伝染ったからだと、

彼は言った。

 

私は彼と同じ病気にかかったのだろうか。

傍から見ても狼狽していたのだろう。

 

私を安心させるためなのか、彼は辛うじて、

そうしたと分かる程度に小さく笑った。

 

「でも大丈夫だよ。その病気は、

僕に近づかないようにすれば、

自然と治るから」

 

私は何も言うことが出来なかった。

 

彼が中庭を去った後も、私は一人、

噴水に腰掛けていた。

 

それ以降の午後の授業も、

私は心ここにあらずという状態で、

 

先生の話も聞かず、

黒板も見ていなかった。

 

何か考えていたはずなのだが、

内容は覚えていない。

 

その日は五時間授業で、

学校が早く終わった。

 

放課後。

 

一緒に帰ろうという友達の誘いを断り、

皆から少し遅れて、一人で帰路に着く。

 

ゆっくりと歩き、あの杉の木がある

保育園までやって来た。

 

園児たちの姿は無い。

お昼寝の時間だろうか。

 

私は立ち止まり、樹齢は何年だろう、

その大きな杉の木を見上げた。

 

今のところ不可解なものは何も見えない。

 

見えるのは、空へと伸びる杉の木と、

その先の青く広い空だけだ。

 

このまま家に帰れば、今まで通り、

何事もなく過ごせるだろう。

 

私はそれをちゃんと理解していた。

 

しかし、私は歩き出せなかった。

いや、歩き出さなかった。

 

そのうち、黒いランドセルを背負った

彼がやって来た。

 

私の姿を見とめたのか、

はた、と歩くのを止める。

 

相変わらずの無表情で、

何を考えているかわからない。

 

しかし立ち止まったということは、

私の存在が意外だったのだろう。

 

「や。こっち来いよ」

 

手を上げて私はそう言った。

 

幾分時間をかけて、

彼が私の傍へやって来る。

 

「・・・どうかしたの?」

 

私はその言葉を無視して一人、

杉の木を見上げた。

 

先程までは決して見えなかった、

白い運動靴、足首、

 

さらにその上のつるりとした膝と、

ズボンの裾。

 

間違いない。

彼の傍に居るから見えるのだ。

 

そうして、見える範囲が昨日よりも、

広がっている。

 

「どうやったら、

もっとよく見えるんだ?」

 

上を見上げたまま私は尋ねる。

 

「・・・見ない方がいいよ」

 

彼は昨日と同じ言葉を繰り返す。

私は返事をしなかった。

 

しばらくお互いに無言のままだったが、

彼はやがて諦めたように、

 

ふう、と小さく息を吐くと、

私と同じように杉の木を見上げた。

 

「昨日は、靴と足首だけ

だったんだよね。今は?」

 

「今は、膝らへんまで」

 

「ズボンは?」

 

「少し、見える」

 

「そう・・・」

 

次の瞬間、彼の右手が

私の左手首を掴んだ。

 

それは思い掛けなく、

唐突な出来事だった。

 

驚いて彼を見る。

その表情は変わっていない。

 

視線も杉の木に固定されたまま、

彼は残った手で上空を指差した。

 

「あの人の手は見える?

ズボンの腰辺りで、

ぶらぶらしてる白い手」

 

戸惑いながらも、

私は再び上を見た。

 

手が見えた。

 

手首から先だけだったが、

はっきりと。

 

彼の言う通り、

それは白い手だった。

 

彼に腕を掴まれたからか。

 

ズボンも裾まででなく、

腰の辺りまで見えるようになっていた。

 

「シマウマみたいな、

長袖のシャツを着てるね」

 

隣で彼がそう言った瞬間、

私の目はぼんやりと、

白と黒のボーダー柄のシャツを

捉えていた。

 

それは徐々に鮮明になってゆき、

しわまではっきりと分かるまでになった。

 

(続く)転校生と杉の木 4/4へ

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