友人との不可解な体験

ある日の夜、

 

徹夜続きの実験で疲れた体を、

引きずるようにして大学を出た。

 

少し眠かったが、

 

まあなんとかなるだろうと、

自分の車に乗り込む。

 

走り出して数分もしないうちに、

 

俺はバックミラーに白い影が

映っていることに気づく。

 

えっ!と思って

視線をミラーに向けるが、

 

そこには何も映っていない。

 

「なんだ、見間違いか・・・」

 

当然そう考えて、

俺は運転を続けた。

 

だが、しばらくすると、

やはりミラーに何かが映る。

 

ちらちらと何度も確認するが、

 

そうするとその白い影は

見えなくなってしまう。

 

「疲れてんのかな・・・」

 

俺は諦めて、

 

コンビニの駐車場に車を停め、

コーヒーを買いに降りた。

 

車に戻って、

 

コーヒーを飲みながら

気持ちを落ち着かせていると、

 

目の端にちらりと、

白いものが過ぎった。

 

ごしごしと目をこすり、

バックミラーに目を凝らす。

 

だが、案の定、

何も映っていない。

 

「何なんだよ!」

 

じんわりと沸き起こった

恐怖心を、

 

吹き飛ばすように声を上げた

俺の首筋に、

 

するりと何かが触れた。

 

『ヒロシ・・・』

 

「ぎゃあーーーーっ!

ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

か細い声が耳元で聞こえて、

 

俺はあまりの怖さに目を瞑って、

訳も分からず謝っていた。

 

すると、背後からくすくすと

笑い声が聞こえて、

 

俺の首に回されていた腕が

ぎゅうっと力を込める。

 

その感触のリアルさに、

俺はあれっと思って目を開け、

 

再度、ミラーを見た。

 

「なんだ、おまえかよ~っ」

 

俺は強張っていた体から、

はぁーっと力が抜けていくのを感じた。

 

そこに映っていたのは、

 

同じゼミでいつもつるんでいる

Tだった。

 

「脅かすなよな!」

 

「ごめんごめん。

 

ヒロシ、めちゃめちゃ

疲れてるみたいだったから、

 

今なら騙せるなぁーって

思ってさあ」

 

「事故ったらどうすんだ!」

 

「そんときは俺も一緒じゃん」

 

「洒落になんねーっての・・・

ほら、いい加減、腕離せ」

 

「うん」

 

俺がTの手を掴んだのと、

 

Tが手を引こうとした

タイミングがズレた。

 

Tが腕にはめていた

数珠みたいなブレスレットが、

 

ちぎれて落ちてしまった。

 

「ああ、もう・・・、あっ、

コーヒーもこぼれてるじゃないか!」

 

俺は散らばった玉を拾い集めて、

 

どうするんだこれ、と

後ろを振り返った。

 

「あ・・・あれ?」

 

そこにはTの影も形もなく、

シンと静まり返っていた。

 

また隠れて遊んでいるのかと、

俺は車を降りて周囲を探してみた。

 

だが、どこを探しても

Tはいない。

 

俺は仕方なく、

Tの携帯に電話を掛けた。

 

8回、9回と呼び出し音が続くが、

Tは出ない。

 

俺は腹が立って、

 

Tを置き去りにして

車を発進させた。

 

どうしても帰りたければ

駅まで歩くだろうし、

 

反省して電話をしてきたら、

迎えに来てやってもいい。

 

すっかり目が覚めたことに

多少感謝しつつ、

 

その日はそのまま家に帰った。

 

翌日の昼過ぎに、

 

俺は携帯の着信音で

目を覚ました。

 

「はい、もしもし・・・」

 

「ヒロシ?!ばかっ!起きろ!

Tが大変なんだよ!」

 

続いた言葉に、

俺は一気に覚醒した。

 

Tがバイクにはねられて、

重症だというのだ。

 

俺は、置き去りになんかしたから、

と激しく後悔しながら、

 

教えてもらった病院に急いだ。

 

Tはかなり悪い状態らしく

面会謝絶で、

 

俺は友人たちと

待合室で集まっていた。

 

静まり返った部屋の中、

 

俺に連絡してきた友人が

ポツリと呟いた。

 

「あいつ、バカだよな・・・。

 

人の心配して、

自分が事故りやがって」

 

「え、何が?」

 

俺が聞き返すと、

 

周りにいた奴らが

困ったように顔を見合わせた。

 

しばらく誰が話すかで

揉めていたが、

 

結局、最初に口を開いた

友人が話し始めた。

 

「あいつさ、昨日お前があまりにも

疲れてるから事故るんじゃないかって、

 

お前を探しに行って、

学校の駐車場ではねられたんだ」

 

「ええ?!それはないだろ」

 

全否定した俺に

友人はムッとしたようだが、

 

俺がTと会ったことを話すと、

立場は逆転した。

 

ちゃんと目撃者もいるし、

 

時間的にも俺とTが

会っているはずはない。

 

「じゃあ・・・これ、何なんだよ」

 

俺がポケットに入れっぱなしだった

ブレスレットの残骸を見せると、

 

みんなの顔が青ざめた。

 

それをTがいつも着けていることは、

誰もが知っている。

 

「T・・・ヒロシを連れに行ったのかなあ」

 

「んなわけねーだろ!」

 

俺の剣幕に友人は慌てて謝ったが、

俺だって考えないわけじゃなかった。

 

Tは俺を心配してくれたんだ。

 

そう思いたかったけど、

あの時の会話が引っかかった。

 

『事故ったらどうすんだ!』

『そんときは俺も一緒じゃん』

 

その後、Tは

無事意識を取り戻したが、

 

俺たちの誰もが

この話題を出すことはなかった。

 

壊れたブレスレットは、

今も俺の車のダッシュボードにある。

 

(終)

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