その名を告げて消えた医師

救命する医師

 

これは、2007年12月10日のことです。

 

雪の中を通勤中、吐血が止まらなくなり、道端で転げ回っていたとき、若い研修医のような白衣の男性に抱きしめられました。

 

医者の格好をしていたし、「私、医師の矢島です」と名乗ったのです。※仮名

 

そのときの時刻は、朝の7時30分でした。

 

痛みはあるものの、矢島という医師に抱きついていると、気持ちは少し楽になりました。

 

救急車に乗っていると自覚したのは、正午12時20分。

 

容態が急変し、間に合わないということで、救急隊が病院の外来に突っ込んだとき、顔を出した医師は、あの白衣の男性でした

 

「えっ?さっきの……」と色々言おうとしましたが、意識が遠のき、そのまま眠ってしまいました。

 

眠る直前、「××大学病院の第△内科」という声だけが聞こえました。

 

個室で目が覚めたのは、午後3時30分。

 

「さっきの先生は?」と尋ねると、初めて見る女性医師が出てきて、挨拶をしてくれました。

 

私は、一生懸命に「さっきの男性の先生は?」と聞いたのですが、対応したのはその女医さんと看護師3名だけで、男性はいなかったと言うのです。

 

顔もはっきり見ていたし、抱きしめられた感触も確かに覚えています。

 

ですが、その話をするたびに、周囲からは変な顔をされてしまいました。

 

それでも、『どうしてもあの先生を見つけ出したい』と強く思っていました。

 

「夢でも見たんじゃないの?」と笑われることもありました。

 

退院後、倒れた辺りの個人病院や医院に電話したり訪ねて回ったりして、「お礼が言いたいのですが、そちらの先生ですか?」と確認してまわりました。

 

実は、「矢島」という名前に心当たりがあったのです。

 

故郷の近所にいた内科医で、80歳を超えてもなお名医として知られていた先生と同じお名前でした。

 

実家の親に電話して、「矢島先生に聞きたいことがあるんだけど、まだ医院はやってる?」と尋ねたところ、「矢島先生なら2007年の12月に、歩いているとき突然亡くなったのよ。でも、90歳を超えていたから大往生ね」と言われました。

 

偶然にも、その先生が亡くなった日が、あの出来事の翌日、12月11日だったのです。

 

どれだけ探しても、あの周辺に「矢島」という医師はいませんでした。

 

製薬会社や臨床関係の営業をしている友人にも頼んで調べてもらいましたが、若い医師でその名前の人物は見つかりませんでした。

 

後からわかったことですが、90歳を超えて亡くなったその矢島先生は、××大学病院の第△内科の出身だったそうです。

 

都合の良い解釈かもしれませんが、私は『矢島先生が助けに来てくれたのだ』と思うことにしています。

 

(終)

AIによる概要

この話が伝えたいことは、「人の思いは、時として不思議なかたちで届くことがある」ということです。

理屈では説明できないけれど、たしかに感じた温もりや救いは、現実と同じくらいに本物であり、心に深く刻まれるものだということ。そして、たとえ周囲に信じてもらえなかったとしても、自分が感じたこと・体験したことには意味があり、それを信じていいのだという、静かで力強いメッセージがあります。

また、命の危機に瀕したとき、人は無意識の中で心から求める「助け」や「安心」を形にして受け取ることがある、ということも示唆されています。その姿が、かつての名医と同じ名前を持ち、同じ病院に縁のある人物だったことは、偶然というにはあまりに出来すぎていますが、だからこそ、その体験は語り手の中で「救われた記憶」として輝きを放っています。

この出来事は、目に見えるものだけがすべてではないということ、そして見えない存在や縁に支えられて生きているかもしれないという、目には見えない「つながり」への静かな祈りのようにも感じられます。

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