怪物 「幕のあとで」 2/2

公衆電話

 

『わたしにも分からないのよ。

 

ただ、こんな電話を掛けた、

という記憶があるだけ。

 

夢の中でわたしが話してるのね。

 

それを再現してるのよ。

 

運命が変えられるかどうかは

分からない。

 

でも、心構えをするってことが、

大事になることだってあるでしょう』

 

クラノキ、と彼女は名乗った。

 

『顔も知らない人の夢を見るなんて、

珍しいな。

 

きっといつか、

 

あなたとわたしは友だちに

なるのかも知れないね。

 

その頃のわたしは、

 

今夜の電話のことなんて

忘れてしまってるでしょうけど』

 

じゃあ、お休みなさい。

 

そう言って電話は切られた。

 

混乱する頭を抱えて、

私は電話ボックスを出る。

 

夢。

 

まるで夢の中だ。

 

なにが現実なんだろう。

 

ポルターガイスト現象の

焦点だった少女が、

 

エキドナが、

怪物たちのマリアが、

 

最期に恐ろしい怪物を

産み落としたというのか。

 

それがやがて、

私に苦しみをもたらすと?

 

なんなのだ。

 

どこからどこまでが現実なんだ。

 

目を閉じて、

一秒数えよう。

 

目を開けたら、

 

他愛もなくありふれた土曜日の

朝でありますように。

 

その時だ。

 

目を閉じた私の中に、

説明しがたい奇妙な感覚が生まれた。

 

それは言うならば、

 

どこか分からない場所で

なんだか分からないものが、

 

急に大きくなっていくような感覚。

 

私の五感とは全く関係なく、

それが分かるのである。

 

私は辺りを見回す。

 

離れたところにあったはずの街灯が、

もう消えてしまって見えない。

 

大きくなってる。

 

まだ大きくなってる。

 

熱を出した時に布団の中で

感じたことのあるような感覚だ。

 

象くらい?

クジラくらい?

 

もっとだ。

 

もっと大きい。

 

ビルくらい?

ピラミッドくらい?

 

もっと。

 

もっと、大きい。

 

私は訳もなく、

涙が出そうな感情に襲われた。

 

それは恐怖だろうか。

 

哀しみだろうか。

 

道の真ん中で空を見上げた。

 

月が見えない。

 

大きい。

 

とてつもなく大きい。

 

山よりも。

 

天体よりも。

 

どんなものよりも大きい。

 

夜に鱗が生えたような。

 

呆然と立ち尽くす私の遥か上空を、

にび色の魚鱗のようなものが閃いて、

 

音もなく闇の彼方へと消えていった。

 

薄っすらと目を開けて、

シーツの白さにまた目を閉じる。

 

土曜日の朝。

 

カーテンから射し込み、

ベッドの上に折り畳まれる優しい光。

 

窓の外からスズメの鳴き声が聞こえる。

 

一体スズメはなんのために

(さえず)っているのだろう。

 

ベッドの上に身体を起こす。

 

この私は昨日までの私だろうか。

 

あくびをひとつする。

 

髪の毛の中に指を入れる。

 

気分はそんなに悪くない。

 

朝が来たのなら。

 

『運命が変えられるかどうかは

分からない』

 

という言葉が昨日の記憶から蘇り、

 

羽根が生えたように

周囲を飛び回り始めた。

 

もう一度寝そべって、

シーツに指で文字を書く。

 

fate

 

暫くそれを眺めたあとで、

手前にもう一つ文字をくっ付けた。

 

no

 

それから私は久しぶりに笑った。

 

怖い夢は見なかった気がする。

 

※fate=運命

 

(終)

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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