赤い文字で書かれた紙切れ

ある夜、仕事が終わって

アパートに帰った。

 

すると、畳の上に20cm四方ほどの

紙切れが落ちていて、

太字の赤いマジックで一言だけ

「こ」

と書かれていた。

 

香川県の実家の両親は、

お店の仕事で忙しい時期に

はるばる上京してくるわけも無く。

 

かといって泥棒が入ったにしては、

部屋を荒らされた跡も

盗まれたものも無い。

 

いったい誰が何の目的でこんなことを?

 

気味が悪いので一応交番に届け出て、

付近の見回りを

強化してもらうように頼んできた。

 

大家に頼んで錠も換えてもらった。

 

そのおかげか、

その後数週間は何の異常も無く、

紙切れのことを忘れかけていた。

 

しかしある日、久々に大学時代の

友人と飲みに出かけ、

泥酔状態で帰宅すると

また紙切れが落ちていた。

 

「ま」

とだけ、

太字の赤いマジックで書かれていた。

 

だが、それどころじゃないほど

泥酔していた俺は、

紙切れを放っておいて、

その場で倒れ込んで寝てしまった。

 

明くる朝、

頭痛とともに目が覚め、

顔を洗おうと洗面所に立つと、

足の裏に激痛が走った。

 

何か硬いものを踏みつけたらしい。

 

見てみると、何ヶ月も前に無くしていた

チェスの駒が足の裏に刺さっていた。

 

傷は深くなかったが、出血が酷いので

簡単に応急処置を施した。

 

それにしても全く気がつかなかった。

洗面台の下も探したはずなんだけどなぁ・・・

 

・・・と、そのとき俺は、

昨夜の紙切れを思い出した。

 

部屋に戻ると、

まだ畳の上にそれはあった。

 

「こ」・・・

「ま」・・・

 

まさか駒?

駒を踏みつけるって?

 

しかし、それはいくらなんでも

考えすぎだろうと俺は自嘲し、

再び交番に紙切れを持って行った。

 

それから数週間経ち、

紙切れが出没することも無かった。

 

少なくとも二回、この部屋に

誰かが侵入していたことが、

無性に腹立たしかった。

 

今度、同じことをしたら

必ず捕まえてやろうと、

俺は部屋の隅に安物の

隠し防犯カメラを設置していた。

 

その夜は、書類の処理のせいで残業になり、

遅くなってしまった。

 

郊外の住宅造成予定地で、

数百年もの樹齢がある松の木を

切り倒す作業をしていた作業員が、

木の根に足を取られて

針金の上に倒れこみ、

大怪我をしたのだ。

 

責任は、監督不履行として俺に回された。

 

質面倒くさい書類を書きながら、

俺は何かこの上なく嫌な予感を抱いていた。

 

仕事が終わり急いで帰ってみると、

案の定、畳の上に紙切れが一枚落ちていて、

太字の赤いマジックで

「ね」

とだけ書かれていた。

 

松の木を思い出した俺はハッとして、

咄嗟に紙切れをクチャクチャに丸めて、

窓から外に投げ捨てた。

 

急いで、録画した防犯カメラの

ビデオ再生ボタンを押した。

 

・・・反応が無い。

 

こんなときに限って故障だ。

ふざけやがって。

 

まぁ良いさ。

 

どうせビデオには、

ちゃんと犯人が写っているはず。

 

このまま警察に提出すれば

良いだけのことだ。

 

ビデオの再生ボタンが作動しなかったため、

テレビモニターには、

今現在の部屋の様子が映し出されている。

 

モニターを見ている俺の背中も映っている。

そして畳の上には紙切れが一枚・・・

 

・・・紙切れ!?

やばい、だめだ。

 

一瞬のうちに俺は恐怖で体が固まって

動けなくなってしまった。

 

背中から変な汗がにじみ出るのを感じた。

 

誰かがこの部屋に居る?

うしろを振り返ることが出来なかった。

 

ただ俺の目は、モニターに映し出される

紙切れに釘付けになるだけだった。

そこに書かれている文字に。

 

そこには、赤い太字のマジックで

「ち」

と書かれていた。 

 

(終)

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