祖父の遺言と孫の落書き

襖

 

今年の正月に、少しほんのりした出来事があった。

 

40数年前、私が小1だった頃に話は遡る。

 

同居していた祖父が8畳の茶の間の白い襖4枚に、墨汁でびっしりと『遺言』を書いてしまった。

 

長くガンを患っていて、本人も死を覚悟していたのだろう。

 

子供の私に内容は読めなかったが、大酒飲みで洒脱な祖父らしく、遺書の所々にひょっとこの顔や徳利(とっくり)と盃の絵が描かれていたのを覚えている

 

※洒脱(しゃだつ)

俗気がなく、さっぱりしていること。

 

場所が茶の間だから、孫の私や弟を喜ばせようとしたのかもしれない。

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これ、ひょっとこ?

その翌年に祖父は亡くなり、相続税を払うため、我が家はその家を人手に渡して手狭な家に移った。

 

遺書が記された襖は、引っ越し時に処分されてしまったらしい。

 

後から知ったのだが、その襖は遺言に必要な体裁を整えておらず、法的には無効だったそうだ。

 

それでも一応は形見の品なので、屏風か掛け軸にでも仕立て直せば良かったのにと思うが、相続でてんやわんやだった両親には、そんな精神的余裕がなかったのだろう。

 

写真の一枚も撮っておらず、幼かった弟にはその襖の記憶すらないので、祖母と両親が亡くなった今、遺言の襖をハッキリと覚えているのは私一人となった。

 

その後、私は結婚して一人娘を授かり、その娘も結婚して男の子をもうけた。

 

現在、娘は第2子妊娠中でお腹が大きく、4歳の息子を連れて実家に戻るのはキツイので、正月2日に主人と一緒に娘夫婦のマンションを訪ねた。

 

すると、リビングの壁一面に白い紙が貼られていて、孫息子が描いた色とりどりの絵が踊っている。

 

いくら叱っても落書きをやめないので、紙を貼って自由に描かせることにしたのだそうだ。

 

へえー、と笑いながら孫の落書きを眺めていて、私は思わずギョッとした。

 

何故かそこだけ黒いサインペンで、ひょっとこのような顔と、徳利と盃らしきものが描かれている。

 

娘に「これ、ひょっとこ?」と聞くと、「漫画のキャラクターでしょ。○○(孫の名)はひょっとこなんて知らないわよ」と。

 

私は徳利と盃の絵を指して、孫にも「これ何?ジュース?」と聞いてみたが、彼は「うーん?」と気まずそうに首をひねって答えてくれなかった。

 

偶然だとは思うが、孫が祖父のように大酒飲みになって肝臓を傷めないことを祈るばかりです。

 

(終)

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