風呂場から聞こえるピチャピチャとした音

風呂場

 

もう数年前の話になるが、

俺が東京に出てきて間もない頃、

 

朝と夕方の炊き出しに並ぶ

ホームレス同然の生活をしていた。

 

しばらくして清掃の仕事が決まった。

 

格安でアパートも借りることができた。

 

2階の陽があたらない角部屋だ。

 

どうやら事故物件らしいが、

雨風さえ凌げればどこでもよかった。

 

入居2日目ぐらいだろうか、

 

ピチャピチャと風呂場から

音が聞こえてくる。

 

俺は何度も風呂場の蛇口を

確認しにいった。

 

水は漏れていない。

 

怖くて布団を被り、

そのまま寝た。

 

翌日。

 

同僚にこの事を話すと笑われて、

相手にしてもらえなかった。

 

その日の買い物帰りの夕方に、

大家と会った。

 

「あの・・・大丈夫ですか?」

 

「なにが?」

 

「い・・いえ別に・・・」

 

その日の会話はそれで終わった。

 

3日目、

俺は金縛りに遭った。

 

どうやら眼球だけは動かせるらしい。

 

相変わらず昨日と同じような

ピチャピチャとした音が、

 

風呂場から聞こえる。

 

しばらくすると「ヴォオオ」という、

重低音のような耳鳴りがする。

 

音?

 

いや、声か?

 

一気に寒気がしてきた。

 

ピチャ・・・ピチャ・・・

 

風呂場から俺の足元に、

近づいて来るのがわかった。

 

目を足元に向けると、

 

生気の無いやせ細った女が

俺を睨んでいた。

 

この世の人間でないことは、

霊を信じない俺でもわかった。

 

そこからの記憶がない。

 

翌日。

 

さすがに同僚も真剣に話を聞いてくれ、

同僚の家に身を寄せることにした。

 

もう部屋には帰りたくない・・・

 

しかし、

 

荷物を取りに行かなければ

ならなかった。

 

ドアを開けると体が重い。

 

急いで荷物をまとめた。

 

すると、

また耳鳴りがしてきた。

 

体が重い。

 

立てない。

 

風呂場からまたあの音だ。

 

一刻も早く部屋を出たかった。

 

這うようにして足を掴んだ。

 

後ろを見ると、あの女だ。

 

長い爪は俺のふくらはぎに食い込んだ。

 

痛さより怖さが増していた。

 

俺は荷物を捨て、

必死に玄関を出た。

 

数日後、

あの大家と会った。

 

「あの部屋、

何があったんですか?」

 

と尋ねると、

 

どうやら前に住んでいた女性が

浴槽で手首を切って自殺し、

 

かなり腐敗した状態で見つかったそうだ。

 

(終)

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