事故死した彼女に会いたくて 2/2

玄関

 

青年「・・・誰?」

 

返事が無い。

 

青年「○○か・・・?」

 

彼女の名を呼ぶが、

返事が無い。

 

恐る恐る、

覗き穴から覗く。

 

長い髪の女が、

 

後ろを向いて

ドアの前に居る!

 

何者かが確実に居る!

 

青年「○○なら答えてくれ・・・」

 

青年は、

ふいに涙が溢れてきた。

 

楽しかった思い出の

数々が蘇る。

 

○○「寒い・・・」

 

ふいに女が口を開いた。

 

彼女の声の様な気もするし、

そうではない気もする。

 

○○「寒い・・・

中に入れて・・・▲▲(青年)

 

女は青年の名を呼んだ。

 

涙が止まらない。

 

抱きしめてやりたい。

 

青年は、

ルールの事など忘れて、

 

ドアを開けた。

 

女は信じられないスピードで、

 

後ろ向きのまま、

スッと部屋に入った。

 

青年が顔を見ようとするが、

 

長い髪を垂らし俯いたまま、

必ず背中を向ける。

 

青年が近づこうとすれば、

スッと距離を置く。

 

青年「とりあえずベッドにでも

腰掛けてくれよ・・・」

 

青年が言うと、

 

女は俯いたまま

ベッドに腰を落とした。

 

しかし、

この臭い・・・

 

たまらない臭いがした。

 

彼女が歩いた跡も、

 

泥の様なものが

床にこびり付いている。

 

しかし、

彼女は彼女だ。

 

色々と話したい。

 

死人にお茶を出すのも

妙な気はしたが、

 

二人分の紅茶を入れ、

彼女の横に座った。

 

ロウソクをテーブルに置き、

青年は語り尽くした。

 

死んだ時は

苦しくはなかったか、

 

生前の様々な思い出、

 

守ってやれなかった事・・・。

 

1時間は一方的に

語っただろうか。

 

相変わらず彼女は俯いたまま、

黙ってジッとしている。

 

やがて、

 

ロウソクの蝋が無くなりそうに

なったので、

 

新しいロウソクに

変える事にした。

 

火を点けて彼女を照らす。

 

・・・おかしい。

 

ワンピースの右肩に、

蛇の刺青が見える。

 

彼女はタトゥーなど

彫ってはいない。

 

足元を照らす。

 

右足首にも、

ハートに矢が刺さっている刺青。

 

というか、黒髪・・・?

 

彼女はブロンドだ・・・

 

言い様のない悪寒が、

全身を走る。

 

誰だ・・・!?

 

電気を点けようとした

その時、

 

女が凄まじいスピードで

起き上がり、

 

青年の腕を掴む。

 

凄まじい腐臭。

 

女がゆっくり顔を上げると、

 

ロウソクの灯りの中、

 

見たくもない顔が

浮かび上がってきた。

 

中央が陥没した顔面。

 

合わせ絵の様に、

左右の目が中央に寄っている。

 

上唇が損壊しており、

歯茎が剥き出しになっている。

 

飛び出ている舌。

 

青年は魂も凍るような

絶叫を上げたが、

 

女は万力の様な力で、

青年の腕を締め上げる。

 

女が何か呻く。

 

英語じゃない・・・

 

ロンドンのチャイナタウンで

聞き覚えのある様な・・・

 

まさか・・・!

 

彼女を轢いたのは、

在英の中国人女と聞いている・・・

 

その女も即死している・・・

 

こいつが!?

 

殺される!!

 

青年がそう思い、

 

女は顎が外れんばかりに、

損壊した口を大きく開けた瞬間、

 

凄まじい雷か破裂音の様な音が

室内にこだまし、

 

天井が崩壊してきた。

 

女は上を見上げ、

 

青年はとっさに、

後方に飛びずさる。

 

崩壊して落下する

瓦礫と共に、

 

大量の水が流れてきた。

 

女は「ギッ」と一言だけ発し、

 

瓦礫と大量の水に

埋もれて消えた。

 

崩壊は天井の一部だけで

済んだ様だった。

 

青年が唖然として

立ち尽くしていると、

 

上から寝巻き姿の若い神父が、

驚愕の表情で穴を見下ろしていた。

 

その後、アパートは

消防と警察、

 

深夜に爆音で叩き起こされた

野次馬達などで、

 

大わらわとなっていた。

 

調べによると、

 

2階の神父の

教会兼自宅の、

 

バスタブと下の床が

腐食しており、

 

それが崩壊の原因だという。

 

ただ、

確かに腐食はしていたが、

 

今日の様に急に床ごと

ブチ破る様な腐食では無い、

 

という点に、

 

警察も消防も

首を傾げていた。

 

さらに、

神父は月に一度、

 

聖水で入浴していた。

 

その日、

バスタブに浸っていたのは、

 

聖水だったという。

 

もちろん、青年は女の事など

誰にも話さなかったし、

 

瓦礫の下にも

誰も居なかった。

 

ただ、血の混じった

泥の様なものが、

 

一部見つかったという。

 

そして青年は、

不思議な事に気がついた。

 

部屋の至る所に散りばめていた、

彼女との思い出の写真立てが、

 

全て寝室に集まっていた

のだという。

 

まるで、ベッドを円形に

囲む様に。

 

青年は部屋を覗き込む

野次馬の中に、

 

微笑む彼女を見た様な

気がした。

 

(終)

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