住職から聞いた霊が生者を求める理由

湖畔にいる霊

 

親戚の法事をした時、住職がこんなことを話していた。

 

霊、つまり亡くなった人は、“生きている人しか見えない”のだという。

 

あの世へ行ってしまっても、「ちゃんとお参りしてくれないと寂しい」と感じるらしい。

 

そこで、住職に少し気になっていたことを聞いてみた。

 

よくある自殺の名所などでは多くの人が亡くなっているが、霊が数を増やしているのではないか、と。

 

住職は少し嫌そうな顔をしながら、こう答えてくれた。

 

「あれは、どれだけ多くの人がそこで亡くなっても、皆が自分だけ霊になったと思っているんです。だから、生きている人間を求めるんですよ」

 

多くの人が亡くなれば、その分だけ多くの霊が生者を求めてさまよう。

 

だから、そういう場所にはできるだけ近づかないほうがいい。

 

もしお守りがあるなら、必ず持っていくべきなのだと。

 

まだ自分は死ぬ歳ではないが、初めて「死にたくないな」と思った。

 

霊が”協力し合う”なんて聞いたことがなかったが、住職の話を聞いて、「ああ、そういうことだったのか」と思わされた。

 

(終)

AIによる概要

この話が伝えたいことは、霊とは「自分だけが取り残された」と思い込む孤独な存在であり、その孤独ゆえに生きている人を強く求めてしまうという考えです。

亡くなった人は、生きている人しか見えず、供養やお参りをしてもらえないと寂しさを抱えたままさまよう。自殺の名所のように多くの人が亡くなる場所では、同じように「自分だけが霊になった」と信じている霊が何人も重なり、その孤独が渦のように積み重なって一帯の空気を重くしてしまう。だから人は、そうした場所に近づかないようにしたり、身を守るためにお守りを持つなど、霊に引き寄せられないための心構えが必要だ、ということです。

そして語り手自身も、霊の怖さそのものというより、気づかれずに孤独のまま生者を探し続ける“死後の姿”を想像し、初めて本気で「死にたくない」と感じた。その心の震えが、この話の根底にあるテーマになっています。

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