自動ドア 2/2

自動ドア

 

さて、

 

ドアの開かない日々の中でも、

強烈な思い出がある。

 

1回生の頃、

ある真夏の昼ひなかに、

 

溶けそうになりながら

コンビニにたどり着いた。

 

その日がその夏の最高気温だったそうで、

 

アスファルトが靴の裏に張り付きそうな

錯覚さえ覚えた。

 

自動ドアの前に立ち、

 

完全に開くのも待ちきれずに

中に滑り込む。

 

さっそく特に買うつもりもないのに

デザートコーナーへ向かい、

 

ひんやりと漂ってくる冷気を顔に浴びる。

 

そういえば、

珍しくあっさり自動ドアが開いたな。

 

そう思って顔を上げると、

目の前には異様な光景が広がっていた。

 

いつもと同じ商品配列の店内。

 

いつもと同じ半年も先の

コンサートのポスター。

 

いつもと同じ高ルクスの照明。

 

けれど、

人の姿がどこにもなかった。

 

こんな真っ昼間に、

 

客が一人もいないなんてことは

まずなかった。

 

昼時には大学生で

スシ詰めになる店なのに。

 

なにより異常なのは、

店員の影もなかったことだ。

 

二つあるレジは無人で、

陳列や棚卸しなどの作業もしていない。

 

なんだか気味が悪くなり、

一言声を掛けてと張り紙があったのをダシに、

 

「すみませーん、

トイレ貸してください」

 

とレジの奥に投げかけた。

 

10秒待ったが、

なんの応答もなかった。

 

店内をもう一度見回す。

 

いつもなら常に立ち読み客のいる

雑誌コーナーにも人影はなく、

 

一冊一冊が乱れもせず

綺麗にラックに並んでいる。

 

それがますますこの状況の

異様さを強調していた。

 

体裁を保つこともなおざりになり、

あからさまにキョロキョロしながら、

 

「お~い、誰かいませんか」

 

と声をあげた。

 

その声が、

 

しんと沈む店内の冷たい空気に

吸い込まれていった時、

 

思わず出口に向かっていた。

 

そして自動ドアの前に立つ。

 

開かない。

 

「おい、ウソだろ」

 

と口にしながら、

ガラスをバンバンと叩くが、

 

ドアはぴくりとも反応しなかった。

 

店内を振り返るが、

さっきと変わりはない。

 

人の気配も一切感じない。

 

けれどそれゆえに、

 

うなじの毛がチリチリするような

静かな圧迫感が、

 

空間に満ち始めているような気がした。

 

紛れ込んでしまった。

 

そんな言葉が脳裏に浮かび、

 

これは間違いだ、

早くここから出なくては、

 

という脅迫観念に駆られた。

 

ドアの前の立ち位置を変え、

体重をかけるタイミングを変え、

 

膝のサスペンションで背を変え、

 

センサーらしきものの下を通る

スピードを変え、

 

とにかくあらゆる方法で

自動ドアを開けようと、

 

もがいた。

 

明日は30分立ちんぼでもいいですから、

今だけは一発で開いてくれ!

 

そんな、

祈るような気持ちだった。

 

ドアの外では、

 

陽炎が立ちそうな熱気の中を、

多くの人が通り過ぎている。

 

誰もこちらに注意を払う人などいない。

 

何度も後ろを振り返るが、

店内には何の気配もなく、

 

ただ静かに、

 

なにかよくわからない部分が

狂っているようだった。

 

異様な圧迫感を無人の光景に感じ、

 

俺は冷たい汗をかきながら、

ドアの前でひたすらうろたえていた。

 

ふと、うっすらと窓ガラスに映る、

反転した店内の様子が目に入った。

 

顔もよくわからないが、

 

店内にうごめく数人の客が

確かに映っている。

 

誰もいるはずがないのに。

 

恐慌状態になりかけた時、

 

急に何の前触れもなくドアが開いて、

俺は外に飛び出した。

 

ムッとするような極度に熱された

空気に包まれたが、

 

むしろ心地良く、

 

俺は振り返ることも出来ずに

その場から逃げた。

 

去り際。

 

目の端に、

いつもと変わらない、

 

人のいるコンビニの店内が

映った気がしたが、

 

とにかく逃げ出したかった。

 

後日、

 

師匠にこの話をすると、

笑いながら、

 

「暑すぎて幽体離脱でもしたんじゃない?」

 

と言うのだ。

 

「だって、コンビニの怪談を

逆さから見たような体験じゃないか」

 

ドアが開かなかったことを

論っているような感じだったので、

 

※論う(あげつらう)

ささいな非などを取り立てて大げさに言う。

 

「意識だけがコンビニの中に

入ってしまったとしても、

 

店内に人がいなかったってのは

どういうことです」

 

と逆襲すると、

師匠はあっさりと言った。

 

「人間に霊が見えないように、

霊にも人間が見えないことがあるんだよ」

 

そうして二本の人差し指を交差させ、

「交わらない世界」と呟いて、

 

なにが嬉しいのか口笛を吹いた。

 

(終)

次の話・・・「田舎(中編) 1/5

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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