勝手の知っている他人の家のドアを開けると

 

あれは俺が小学5年生の頃だった。

 

俺の家族はその頃、

アパートの3階に住んでいた。

 

ある日、うちの上に住んでいた

4階の住人が引っ越した。

 

夜中でも結構ドタバタうるさかったので、

正直ラッキーぐらいに思っていたが･･･

あちらの世界に誘われていたのだろうか･･･

そして次の日。

 

弟が俺をその4階の部屋の前まで

引っ張って行くと、

 

「いいもの見せてあげるよ」

 

と言った。

 

「ほら、ここの家、

鍵が閉まってないんだぜ！」

 

本当だ。

 

きっと住人が出て行く時に閉め忘れ、

 

大家もチェックをするのを忘れたまま

帰ってしまったんだろう。

 

もちろん家具などは運び出されて

しまっていてもう無いが、

 

自分の家とまったく同じなのに

家具の無い部屋の中にいると、

 

不思議とワクワクしてくる。

 

俺達はその部屋を秘密基地に

することに決めた。

 

友達にだって内緒だ。

 

それから3日ぐらい後だと思う。

 

予想外に学校が早く終わった俺は、

 

家の鍵を忘れて出て来てしまった事に

気が付いた。

 

母さんは仕事だし、

 

弟はサッカークラブで、

夕方にならないと帰らないだろう。

 

（困ったなあ･･･

どこで時間を潰そうか･･･）

 

突如、俺の頭に名案がひらめいた。

 

（あの部屋の中で待っておけば

いいじゃないか！）

 

このあいだ弟とあそこで遊んだ時に、

 

トランプやいくつかのおもちゃを

置いたまま出て来たはずだ。

 

それで遊びながら、

弟の帰宅を待てばいいだろう。

 

そんな事を考えながら、

勝手の知っている他人の家のドアを開けた。

 

（･･･え？何これ･･･！？）

 

その部屋には、

ちゃんと家具が置いてあった。

 

（誰かがまた引っ越して来たんだ！）

 

と思い込んだ俺は、

慌ててドアを閉めた。

 

しかし、怖いもの見たさで

細くドアを開けた俺は、

 

不思議なことに気付いた。

 

この家具の並べ方、

部屋の雰囲気、

 

なぜか懐かしい･･･

 

部屋に上がってシールをベタベタと

貼り付けた冷蔵庫を見て、

 

ついに理解した。

 

ここは、4年･･･5年･･･

もっと前かも知れないが、

 

俺の家なのだ。

 

なぜ4階の部屋に入ったはずなのに、

4年前の俺の家になっているのか？

 

さっぱり分からなかったが、

 

ただただ懐かしさでフラフラと

家の奥に入っていった。

 

（ああ、このテレビ使ってたなぁ）

（俺の机ちいせぇなぁ）

 

（この電話も･･･）

 

電話に触ろうとした瞬間、

 

ジリリリリリリリン！と、

いきなり電話が鳴り出した。

 

とっさに取ろうとしたが、

ふと手が凍りついた。

 

4年前の俺の家には、

小学5年生の俺はいないはずだ。

 

だから俺は、

この電話を取っちゃいけない。

 

そう思うと、

この異空間が急に恐ろしくなってきて、

 

鳴り続ける電話を尻目に

一目散に逃げ出した。

 

その数時間後、

 

帰って来た弟と一緒に

この部屋へ入ってみたが、

 

4年前の家なんてあるはずも無く、

少し薄暗い家具の無い部屋が広がっていた。

 

ただ、押入れの中に隠してあったトランプや

おもちゃは見つからずじまいだった。

 

今でもふとこの体験を思い出すと、

考えることがある。

 

もしあの時に電話を取っていたら、

どうなっていたのだろう？

 

くだらない妄想かも知れないが、

 

あちらの世界は常に甘い餌を用意して、

こちらの人間を狙っているのかも知れない。

 

話は変わるが、

 

成長した俺は今では受験生で、

最も勉強がつらい時期だ。

 

今、あの部屋の電話が鳴れば、

俺はその受話器を取ってしまうだろう。

 

（終）