一人で過ごせる楽園のはずが

これは、僕がおそらく最初に出会った、

恐怖体験である。

 

僕の実家には、母屋と離れがある。

 

実家は当時築20年くらいで、

伝統的な日本家屋なのだが、

 

離れは友人曰く、

「事務所みたい」なのだそうで、

二階建ての鉄筋コンクリートである。

 

普段は、一階に祖父母が

暮らしているのだが、

その日は久しぶりの旅行で、

無人と化していた。

 

中2の夏休み、

暇を持て余していた僕が、

一人きりで悠々自適な夜を

過ごせるであろうこのチャンス、

見逃すはずがなかった。

 

夜7時頃、「早く帰って来なよ」

という、母の言葉をかるーく受け流して、

僕は楽園に潜り込んだ。

 

改築したばかりの部屋は、

新しい畳の匂いが漂う。

 

最高の気分で持って来たプレステを、

さっさと繋ぎ、ゲーム開始。

 

2時間ほど経ち、

「コンコン」

と窓を叩く音がした。

 

「誰だよ」

 

僕は心の中で、この素晴らしい夜を

邪魔する来訪者に怒りながら、

カーテンを開けて窓を開けた。

 

そこには、

心配そうな表情をした母がいて、

「もう帰って来なさいよ」と言う。

 

冗談じゃあない、

夜はまだまだこれからだ!

 

これからこっそり持ってきた、

エッチな本を見るし、

ダラダラとテレビも見るつもりだし。

 

「そのうち戻るよ」と、あしらい、

窓とカーテンを閉めるとゲーム続行。

 

それからさらに、1時間ほど

経った頃だろうか?

 

「コンコン」

また窓を叩く音。

 

「うっざいなー」

 

なんだかイラッとしたので、

無視する。

 

するとまた、

「コンコン」

というノック音。

 

ははーん・・・、

僕は、ピン!ときた。

 

母か姉が、僕を恐がらせて

早く帰らせようとしてるのだな。

 

ふふふ。

絶対開けねー!

 

しかし、その音は、

間隔を開けて何度も続く。

 

しつこいなー。

そろそろ声でもかければいーじゃん。

 

そんなことを思っていると、

ノック音がおかしいことに気づいた。

 

少しづつ動いている?

 

そう疑念を抱いた次の瞬間、

その疑念は確信に変わった。

 

「コンコン」

「コンコン」

 

どうやら、この離れの周りを

回り始めたらしい。

 

2周くらいしたところで、

僕のイライラは頂点に達した。

 

「そっちがその気なら、

こっちにも考えがあるぞ・・・。

この部屋の前に来た瞬間に、

窓を開けてビビらせてやる!」

 

そう悪巧みをした僕は、

ノック音が部屋の窓に来た瞬間、

バッ!っと素早く窓を開け放った。

 

・・・そこには誰もいなかった。

 

背中と頭と太ももの毛が、

ゾゾッっと逆立ち、悪寒が走る。

 

ダッシュだった。

まさにダッシュだった。

 

次の瞬間、

僕はファイティングポーズを

とりながら、

 

離れから母屋に向かって、

暗闇をジリジリと、

すり足で歩いていた。

 

当時は一人の時に経験したし、

とても怖かったのだが、

 

この後に体験する

数々の恐怖体験に比べれば、

大したことなかったとは思う。

 

ただ、得体の知れない

恐怖に駆られながら、

暗闇をキョロキョロしながら

母屋に向かい歩いていた時、

微かに聞こえた声。

 

「どこにいくんだ」

 

(終)

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