その存在に気がついた時 2/2

その存在に気がついた時 1/2

 

男子の笑う声の合間合間に、

微かに「チャラッ・・・・・・」。

 

「来たっ!」

 

という私の言葉で、

その場の空気がいっぺんに固まり、

 

みんな一斉に耳を澄ましました。

 

最初のうちは、「聞こえないぞ?え?」

と、言い交わしていたのもつかの間。

 

『ソレ』が、誰の耳にも

聞こえる距離までやってくると、

 

まるで三人の動きが止まりました。

 

『ソレ』がやってきたら懐中電灯を消す、

ということも。

 

ラジカセの録音ボタンを押す、

ということも。

 

というより、思考自体を

喪失しているようでした。

 

私はそっと、

録音ボタンを押しました。

 

唾を飲み込む音すら

聞こえてきそうな静寂の中、

 

ゆっくりと、『ソレ』は近づいてくる。

 

やがて、鎖の音と共に、

 

低い、底響きのするような声が

聞こえてきました。

 

歌っているのです。

 

時代劇の結婚式のシーンで

見たことのある、

 

「た~か~さ~ご~や~~~」

 

みたいな感じのものを、

歌っているのです。

 

身動きを少しでもしたら・・・

息を少しでも吸ったら・・・

 

正気を失ってしまいそうな

恐怖でした。

 

「ガタッ!」と、

 

私達の後ろで、

何かが床に落ちる音がしました。

 

その瞬間、

 

「うぎゃあぁぁああぁっぅ!!!」

 

三人のうち

YとMの二人が、

 

絶叫を上げながら

物置のドアを蹴破り、

 

信じられないスピードで

逃げていきました。

 

その時、私の精神も

危なかったのかもしれません。

 

腰が抜けている私は、

 

残ったA君の手を必死に掴み、

噛み付いていたのですから。

 

A君は失神していました。

 

開けっ放しのドアから、

 

なんとなく生臭い空気が

流れてきます。

 

ドアがあろうがなかろうが、

 

『ソレ』の通行には全く支障がない

だろうことは想像がつきます。

 

もう、すぐ傍まで

やって来ているのです。

 

「見たくないっ!」

 

動くことの出来ない私は、

 

ほんの少しでも抵抗をしようと

ドアから顔を逸らし、

 

A君の手に噛み付きました。

 

そして、放り出された懐中電灯の

明かりの輪を見つめて、

 

必死に耐えていました。

 

「ジャラッ・・・チャッ・・・ジャラッ・・・」

 

『ソレ』は、

 

私がへたり込んでいる目の前を

通過していきました。

 

懐中電灯の明かりの輪の中。

 

床から1メートルほど上空を、

素足で歩いている足がありました。

 

空気に色を付けるとこんな感じ?

と思えるほど、

 

その素足は、あやふやな

半透明の色をしていました。

 

そして、

 

その両足には「足かせ」が

嵌められていました。

 

どのくらいの時間を、

 

そこにへたり込んでいたのか

記憶がありません。

 

気がつくと、

両親が私の顔を覗き込んで、

 

名前を呼びながら、

肩を揺すっていました。

 

YとMの叫び声を聞いて、

飛んで来たのだそうです。

 

母は私の肩を抱き、

 

居間に座らせ、

コーヒーをいれてくれました。

 

父はA君を抱き抱え、

お風呂場に連れて行きました。

 

(失禁してたらしい)

 

A君を家に送り届けてから、

 

少し落ち着きを取り戻した私に、

両親が打ち明け話をしてくれました。

 

「あれを見ないようにと思って、

あんたたちを早く寝かせてたんだよ」

 

・・・と。

 

「犬の散歩のおじさん」と、

勝手に思い込んでいたのも、

 

どうやら両親の「刷り込み」の

成せる技だったらしい。

 

なぜ、「足かせ」を掛けられたまま

毎日欠かさず歩き回っているのかは、

 

知る由もありません。

 

が、なんにしても、

 

私たち家族が引っ越すまで

続いていた現象です。

 

もしかしたら今でも、あそこでは

鎖の音が聞こえているのかもしれません。

 

ところで、

あの声を録音したテープ。

 

高校の古文の先生に

聞いてもらったのです。

 

「た~か~さ~ご~や~~~」

 

みたいなやつに詳しいと、

人づてに聞いたので。

 

先生によると、

これは「うたい」というもので、

 

能を舞う時に、

 

または舞いながらうたうもの

なんだそうです。

 

そして、

 

この声の主はおじさんではなく、

女なんだそうです。

 

うたっていたものは

現在も伝わっているそうで、

 

先生は題名まで教えてくれました。

(忘れちゃったけど・・・)

 

平家のことを題材にしたものだと

言っていました。

 

最初は、はっきりと

録音されていたのに、

 

数日で音が不鮮明になり、

やがて消えてしまいました。

 

その後は、

引越し、進学し、就職し・・・。

 

めまぐるしい身の回りの雑事の中、

テープの事はすっかり忘れてしまい、

 

どこへ紛れてしまったか・・・。

 

高校の先生に預けっぱなしの

ような気もするし、

 

捨てたような気もする。

 

なぜだか記憶にないんです。

 

(終)

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