全く違う世界に感じた通り慣れた橋

橋 河川

 

その日、私は友人から

引越しの手伝いを頼まれて、

 

彼のいる寮へと向かっていました。

 

うっかり寝坊をしたため

約束の時間には間に合いそうもなく、

 

いつもよりスピードを上げて

車を運転していました。

 

そしてそれは、

 

寮の近くにある橋に

通りかかった所でした。

 

幾度となく目にしているはずの

橋の存在が、

 

その時どういう訳か、

妙に気になったのです。

 

いつも通っていた橋なのに、

 

そこだけ全く違う世界であるような

変な感覚で、

 

恐怖とは別の、

何か不可解な雰囲気を感じさせました。

 

時間を割いてでも自分の目で

確かめないと気が済まないと思い、

 

どうせ遅刻は確定だし、

 

少しくらいなら・・・と自己擁護しながら、

路肩に車を停めて降りてみました。

 

橋の真ん中辺りまで歩いたところで、

 

先ほど感じた奇妙な感覚は、

より一層強くなりました。

 

自分が変に意識し過ぎて

おかしくなっているのか・・・

 

それとも、

この場所が変なのか・・・

 

辺りを見回していると、

 

橋からやや離れた場所に建っている民家が、

ふと目に留まりました。

 

木造の古びたボロ屋で、

黒ずんでいて清潔感は皆無。

 

物件としての価値もある訳ないだろう

と眺めていると、

 

その家の窓をほんの一瞬、

人らしき影がすうっと通りました。

 

誰か住んでいるのか?

 

・・・いや、

 

それよりも先ほどから感じていた

不思議な感覚の根源は、

 

橋ではなく、

その民家にあるように思えてきました。

 

行ってみるか・・・

 

しかし友人との約束があるため、

後日また足を運んでみようと心に誓い、

 

とりあえずその場を後にして、

私は寮へ向かいました。

 

友人の寮に着くと、

 

私は変な事を気にかけて

無駄足を踏んだことを、

 

さっそく友人に説明しました。

 

すると、

友人は意外にも興味を持ったらしく、

 

引越しが終わったら自分もそこに

行ってみたいと言ってきました。

 

今思えば、

 

さらりと友人に話してしまったのは

軽率でした。

 

「そういう家ってのは、

 

案外、人が住んでいたり、

不動産が営業してたりするんよ」

 

そんな友人の意見は、

見事に打ち砕かれることになったのです。

 

二日後、

無事に引越し作業が終わり、

 

寮と新居を何度も往復してくれたお礼として、

友人から昼食をおごってもらいました。

 

当然のように、

 

早速そのボロ家に行ってみないか?

という話になり、

 

二人で車に乗ってあの橋に行きました。

 

「ちょうど、この辺かな。

今は別に何も感じないけど・・・」

 

「ふーん。

 

俺もいつもここ通っていたけど、

そんな感じした事はなかったなぁ。

 

で、あそこのが例の家か?

随分酷いな・・・」

 

説明するまでもなく、

友人もその家をすぐに見つけていました。

 

それ程まで分かりやすく

朽ち果てた家だったので、

 

周りの建物とのギャップは

際立っていました。

 

二人でその家を目指して

土手を歩いている時、

 

友人が道端で突然立ち止まり、

 

小声でぼそっと「ヤバイ・・・」

と呟きました。

 

その一言にギクリとして友人を見ると、

友人は家の方を凝視しながら、

 

すごい勢いで目から涙をボロボロと

流していました。

 

大量の涙。

 

あっという間にボタボタと

地面に垂れ落ちても、

 

まだ涙は止まりません。

 

あまりの光景に驚愕し、

私も釣られるように家を見てしまいました。

 

窓の辺りには異様に細長い、

人間のような物体がいました。

 

信じられないくらいの細い頭と、

細長い胴体、布きれのような服。

 

明らかに人間ではありませんでした。

 

距離があるため顔までは分かりませんが、

私達二人の方を向いていたのは確かでした。

 

何だあれは。

 

何だあれは。

何だあれは。

 

何だあれは・・・

 

そう思った時には、

目から涙が溢れ出ていました。

 

目の奥がズキズキと痛みながら

涙が止まることなく流れ、

 

あまりの恐怖に無理やり涙が

搾り出されるような感じでした。

 

ここに居てはいけないと思った瞬間、

その物体から視線を逸らし、

 

立ち尽くす友人を引っ張って、

急いで車に戻りました。

 

あの時の圧倒的な恐怖感の前では、

逃げる以外の選択肢はありませんでした。

 

車の中でも友人は暫く

涙をこぼし続けていました。

 

「あんなもの、いるはずがない・・・

いたけど、いるわけがない・・・」

 

などと呟いていましたが、

 

彼の瞳には私よりも鮮明にあの物体が

映っていたのかも知れないと思うと、

 

もう何も訊けませんでした。

 

それ以来、

 

古びた建物は極力目にしまいと

心掛けています。

 

(終)

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