祖父は夜の月を見て引き留めたが
母の実家から帰る途中の出来事。
母の実家はG県の田舎で、
夏はキャンプ、冬はスキーをする人が
来るような山の中。
お盆の時期になり、
母が祖父の家に帰るらしいので、
3人で車に乗り出発。
久しぶりの事もあってか、
祖父は大変嬉しそうに私達を迎え入れた。
1泊して自分達の家に帰る日の夜、
祖父は月を見てこう言った。
「恵子･･･
もう一泊してかんか？
わしゃ心配や･･･
山道は暗いしなぁ」
しかし明日、
私や弟が友達と遊ぶのを知る母は
丁寧に断った。
今思えば、
その時に泊まっていけばよかった･･･
弟と母に一体何が起こったのか･･･
車の中で私は少し眠たく、
ボーっと外を眺めていた。
母は運転をしており、
弟は眠っている。
母がたまに声を掛けてくれるも、
上の空で返答していた。
道路は山道といっても舗装されており、
トラックが頻繁に通るため、
二車線のスペースはあるが、
実際は一車線になっている。
車のライトが道路を照らして
ゆっくりカーブを曲がると、
一瞬、“白いモノ”が見えた。
「･･･今、何かいたよね？」
と母に声を掛けると、
「怖いから止めて！」
と怒られた。
その直後、
私の中に何か入ってきたのが分かった。
一瞬寒気がして、
酒に酔ったかのような視界に。
さらに、
まともに口が聞けなくて、
身体も動かない。
「あ、やばい･･･」
と口にした瞬間、
後ろで気配がした。
弟が起きている。
助けを求めようとするが、
身体が動かない。
仕方なく目線だけを送っていると、
弟が急に背中を反り返した。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛･･･
オ゛オ゛オ゛･･･････」
と、動物の叫び声のような奇声を発した。
直後、私はスッと身体が楽になり、
改めて弟を見直した。
目が見開いて、ヨダレを垂らし、
そして叫び声をあげている･･･
獣のような匂いもする。
母の方を見ると、
泣きそうな顔で弟を見ていた。
車はとっくに止まっており、
母を外に連れ出した。
近くに民家があったので助けを求めると、
「ヤマメにやられたか！」
と年配の方がそう言うと、
坊さんを呼べと家族に叫んでいた。
私の記憶はここまで。
どうやら意識を失い、
気づいたら病院だった。
3日間も寝ていたらしい。
母が先生を呼び、
外出の許可が出た。
弟の事は怖くて訊けなかった。
でも気がかりになり、
病院の外で母に尋ねた。
「あのさ、剛は？」
ピタっと笑顔がなくなり、
こう言われた。
「･･･だれ？それ？
子供はあなただけでしょ？」
ふざけているのかと思ったが、
母は真面目だった。
急いで祖父に電話した。
「おじいちゃん！お母さんが変！！
剛がいないって言ってる！」
祖父は途切れ途切れで
泣きながら答えた。
「あの時･･止めておけば･･よかった･･･
わしは･･恵子を･･･剛を･･･」
私は黙るしかなかった。
そして1ヵ月後、
退院の許可が出た。
それと同時に、
母との別れとなった。
母と弟は精神病院に入院している。
どうしてこんなことになったのか、
まったく分からない。
3年経った今でも、
月に3回は母に会いに行っている。
弟には会わせてもらえない。
祖父が自殺したせいで、
ますます分からなくなっている。
でも私は今でも生きている。
それだけで十分だ。
後日談
退院してしばらく探したが、
訪ねた民家に暮らす人が違っていた。
あの時に居た人は引っ越したのかも知れない。
お坊さんも、
どこの人なのか分からない。
ただ、自殺した祖父の遺書の中に、
「娘や孫が吸われた。
中から吸われるのは苦しかっただろう。
申し訳ない。
引き止めなかった自分が一番悪い。
わしの苦しみで堪忍してやってくれ」
という一文が書いてあったのを
ハッキリと覚えている。
決して小さくない村だが、
ヤマメの事を訊くと皆話しを濁す。
何があったか知りたいはずなのに･･･
また、病院の看護師さんの話では、
3日間寝ている間に私は、
「あの女が入って来る！」
と喋っていたそうだ。
起きたのかな？と看護師さんが見ても、
私は寝続けていたという。
（終）
