家賃がたったの月々7千円なワケ 1/2

アパート 部屋

 

俺は18歳の時、父親に耐え切れなくなって家を飛び出した。

 

昔から酒癖は悪かったが、俺が13歳の時に母親が脳梗塞で他界してからというもの、さらにそれは激しくなった。

 

毎日のように暴力を振るい、怒鳴り散らす。

 

挙句、仕事から帰って来ては酒に溺れていた。

 

そして父親は1年前に仕事を辞め、残った金をパチンコやら競馬やらで使い、それらに勝った金で酒などを買い生活していた。

 

ただ、それでも俺の学校(高校)の学費だけは出してくれていた。

 

その部分と、今まで育ててくれた事には父親に感謝したい。

 

出て行った理由として、毎日の理不尽な暴力と罵声、そして最後のこのセリフ。

 

「もうお前なんて息子でもなんでもねえ!縁切るからとっとと出てけ!」

 

普通に家で勉強していただけなのに、こんな事を言われたら、たまったもんじゃない。

 

これで何かが吹っ切れたのかも知れない。

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その部屋での生活がスタートした

高校を卒業して数日が過ぎた頃、荷物をまとめて家を出た。

 

祖父は俺が2歳の時に、祖母は俺が5歳の時に亡くなっている。

 

だから実質、俺は18歳にして家族という存在を全て失った。

 

一人っ子だから兄弟もいない。

 

高校卒業という”最低限の学歴”だけが残った。

 

それに、俺はアルバイトをしていたから、月に7~8万円の収入もあった。

 

しかし家を出たは良いものの、住む場所が無い。

 

その日のうちに不動産屋へ相談しに行った。

 

とにかく安い家賃のアパートにこだわっていたから、「一番安い所はどこですか?」と訊いた。

 

「それなら・・・」と見せられたのが、『家賃3万2千円!』と書かれた比較的キレイなアパートの写真だった。

 

しかし、月の収入が7万円程しかない俺には痛い出費だ。

 

無理を言って、「もっと激安な物件はないんですか?」と問い詰めた。

 

すると、不動産屋の担当者は少し顔を曇らせながら、ウチで紹介できる最も安い物件は・・・。

 

そう言って、今まで俺に見せていた新品同様のキレイなカタログをしまうと、棚の隅からくたびれた一枚の茶色い紙を取り出した。

 

「ここになります」

 

俺が見せられた紙の表には、『家賃7000円、敷金礼金0円』と書かれた文字とアパートの写真。

 

家賃にも驚いたが、そのアパートにも驚いた。

 

建物全体が何だか分からない緑色の植物に覆われている。

 

玄関もベランダも窓も、そのツル状の植物に覆われ、2階建てのそれは『緑の館』と化していた。

 

「凄いっすね・・・」

 

俺がその写真を見た時、最初に出た言葉がそれだった。

 

「最も安いのがここで、これより上となりますと、先程紹介した物件になりますが・・・」

 

迷ったが、背に腹は変えられない。

 

「ここに決めます」

 

俺は渋々承諾するしかなかった。

 

このアパートは、その日のうちに住むことが可能との事。

 

ざっと書類に記入やらサインやらをして、不動産屋の担当者にそこへ案内してもらった。

 

そのアパートは写真で見た通り、得体の知れない植物に覆われていたが、実際に見るとさらに迫力があった。

 

“今から住むのを拒もうとする”、そんな迫力というかオーラみたいなものだ。

 

植物を掻き分けて、なんとか2階の俺の部屋となる入り口の扉に辿り着いた。

 

不動産屋の担当者が伐採用の大きなハサミで、ツルやら葉っぱやらを切り裂いて扉を開けた。

 

ムワッと、湿気とも臭気とも熱気とも似つかないものが一気に漏れ出した。

 

だが、中を見た俺は拍子抜けした。

 

そのアパートの見た目とは裏腹に、部屋の中は悪くなかった。

 

もっと言えば、少し埃っぽいが、ごく普通のアパートの部屋と言っていい。

 

呆気に取られている俺を見て察したのか、不動産屋の担当者が口を開いた。

 

「かなり前に住人が出て行って清掃されてるから、もう誰も住んでいないんです。それにしてもここまでキレイとは、私も驚きました」

 

キッチンなどは勿論、共同だがトイレや風呂も付いている。

 

それに加えて8畳半の広さ。

 

部屋の中の設備も悪くない。

 

なのに家賃7千円とは、どう考えても納得がいかなかった。

 

不動産屋の担当者に別れを告げ、俺のその部屋での生活がスタートした。

 

ちなみに、アパートへ向かう途中、ここの大家さんにはすでに会っている。

 

夏だったせいもあるが、白いランニングシャツにトランクス一枚でうちわを扇ぐ、メタボリックな中年男だった。

 

「ああ、住むの?そうか・・・。まあ頑張って」

 

それだけ言うと、その男は欠伸(あくび)をしながら奥へ下がっていった。

 

アパートの大家以外にも仕事はしているらしく、ごく普通の家に住んでいた。

 

腹が肥えているのが何よりの証拠だ。

 

(こんなヤツが大家とは・・・。あんなアパートだというのも頷ける。というか、頑張れってなんだよ!)

 

俺は心の中でそう思った。

 

出来る限り安いもので家具やら何やらを揃え、なんとかそのアパートの部屋に自分の生活空間を作りあげた。

 

バイト先からそう遠くないという事もあり、外観は最悪だが、内心では良い所に住めたとその時は思っていた。

 

住み始めて数日が経ったある日、冷蔵庫の中の異変に気づいた。

 

昨日買ったばかりの牛乳パックの中身が、妙にドロドロになっているのだ。

 

まるで、日光の下で何日か放置させたかのように・・・。

 

冷蔵庫は別段壊れている様子は全くなかった。

 

その証拠に、他の食材は新鮮そのものだった。

 

首を傾げながらも、もうその牛乳は飲めないため捨てるしかなかった。

 

それからまた数日後、バイトから帰ってきた俺は、何か飲もうと冷蔵庫を開けると驚愕した。

 

冷蔵庫の中の食材が腐っていて、白とも紫とも赤とも似つかないような得体の知れないカビに覆われていたのだ。

 

肉はパックの中に入ったまま、白いサンゴ礁のようになっていた。

 

それらは昨日買ってきた食材ばかりだった。

 

これは一体・・・。

 

しかし冷蔵庫が壊れているという事はなく、開けると冷気が体を包んだ。

 

仕方が無いので、その日はコンビニで弁当や飲み物を買って食事をした。

 

冷蔵庫の中の物は腐りきっていた為、全て処分した。

 

その翌日はバイトが休みだった。

 

快晴だったこともあり、ベランダを掃除して敷布団を干そうと持ち上げた俺は、強い吐き気を覚えた。

 

まるで何年も敷布団をそこから動かさずに放置していたかのように、その裏面にはビッシリとカビが生えていた。

 

黄色いシミのようなカビ、黒いカビ、赤いカビ、緑のカビ。

 

それらが敷布団の裏全体を覆っていた。

 

思わず俺は、その敷布団をベランダから外へ放り出してしまった。

 

もう泣きそうだった。

 

その日は新しい敷布団を買いに行くために出掛けた。

 

もうあまり金の無い俺は、一番安い煎餅布団を買う以外なかった。

 

そして部屋に帰り着き、扉を開けた瞬間、あまりの腐臭に軽い目眩を覚えた。

 

部屋全体を覆う、カビ、カビ、カビ・・・。

 

冷蔵庫の中からは、薄く黄色がかった透明な液体が滴っていた。

 

あまりの異様な光景に、俺は放心状態になっていた。

 

その時、黒色とも緑色とも思えるカビ部屋と化したその空間に、1箇所だけキレイな場所がある事に気づいた。

 

部屋の隅にある、目立たない『押入れ』だ。

 

その押入れの戸だけが妙にキレイなままなのだ。

 

越して来てから一度も開けた事の無かったその押入れが、この凄まじい腐臭の原因の様に思えた。

 

俺は靴を履いたまま部屋にあがると、その押入れを躊躇なく開けた。

 

だが、そこには何も無かった。

 

床の中心部分が紫色に変色している以外は・・・。

 

床板の中心部分だけが楕円状に変色している。

 

俺は意を決してその板を剥(は)がした。

 

板は腐っていた為、簡単に剥がすことが出来た。

 

途端、凄まじい腐臭が鼻を突く。

 

そこにあったものは『大量の動物の骨』。

 

とにかく沢山の動物の骨が床下に敷き詰められていた。

 

なぜ骨がここまでの腐臭を放つのか分からなかったが、俺にはそれが死んだ動物達の怨念のように思えた。

 

冷静になって考えて確かな事は、俺はもうここには住めないという事。

 

そして、前の住人による動物虐待と虐殺があったという事。

 

このアパートの家賃が安かったのも納得だが、理由がこんな事だと知っていたら千円でも御免だった。

 

なんとかまだ大丈夫な荷物をまとめ、俺はこのアパートを後にした。

 

しかし、このアパートについて何も知らないまま去るのも何となく嫌だった為、大家さんの家へ行き、この部屋であった事を詳しく話した。

 

すると、別段驚く様子も無く、「そうか・・・」と言って大家さんは語り始めた。

 

(続く)家賃がたったの月々7千円なワケ 2/2

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