魔漏という邪悪な御守の話 2/3

神社

 

明け方、

私は再び物音で目が覚めた。

 

A美が隣にいない。

 

台所から音がする。

 

私は、

恐る恐る台所を覗いた。

 

A美が屈んでいた。

 

冷蔵庫の扉が開いている。

 

なにやら、

ぐちゃぐちゃと音がしていた。

 

見れば、

 

A美は片手に大根を、

片手に生肉を持ち、

 

凄まじい形相で貪り喰っている。

 

「親戚の家でなんて真似を!」

 

と、私はA美を叱り、

 

腕を掴んだが、

妹は従うどころか私を振り払い、

 

無言で食事を続けた。

 

彼女の口の周りは、

牛肉の血で染まっていた。

 

妹は存分に食物を喰らった後、

すっと立ち上がり、

 

私には目もくれずに脇を通り過ぎて、

客間へ戻った。

 

私は急いで妹の後を追った。

 

客間に戻ると、

 

お手玉で遊ぶA美の後姿が

目に入った。

 

何故か異様に上手で、

耳慣れない唄を口ずさみ、

 

五つ一遍に、

延々と投げ続けた。

 

その顔には、

不思議な薄ら笑いが浮かんでいる。

 

私は気味悪く感じたが、

とにかく気にしない事にして、

 

三度、床に就いた。

 

しかし、

 

眠りについた私は、

すぐに誰かに揺り起こされた。

 

目を開くと、

A美が私の上に覆い被さり、

 

目を大きく剥いて、

 

鼻がくっ付くほど近くで、

無表情に私の顔を見つめていた。

 

「お話して。

 

あんころもちとか、

瓜子姫とか」

 

彼女が言った。

 

私は驚いて、

すぐに顔をA美から離して、

 

「あんころ?何?わかんない」

 

と答えた。

 

すると妹は、

突然私の首を両手で締め上げた。

 

その余りの力の強さに、

 

私は声も出せず、

必死に足をばたつかせ抵抗した。

 

A美は薄ら笑っていた。

 

すぐに隣室のRが、

続いて義父と義母が飛び込んできて、

 

三人がかりでA美を取り押さえた。

 

両手足を封じられたA美は、

 

狂人の如くいて、

義父の腕にかぶりつく。

 

義父はすぐに逃れたが、

 

腕には鮮血がとばしり、

深い口創が刻まれた。

 

それでも、

 

三人は何とか荒れ狂うA美を御し、

紐で何重にも柱に括り付けた。

 

A美は大きく目を剥いて私達を睨み、

頭を激しく振回して、

 

「殺してくれるわ!!」

 

と、大声で喚き続けた。

 

時折、

おぞましい声で泣き叫んだ。

 

朝になって、

 

義父がH神社の宮司に電話をかけ、

宮司が家に駆けつけた。

 

宮司は暴れる妹の姿を見て

苦笑しながら、

 

「あれはどこだね?」

 

と義父に尋ねた。

 

義父は私と夫に、

 

「何か御守の様な物を貰ったか?」

 

と訊いた。

 

私は、飾り棚の上から

例の御守を取ってきて、

 

宮司に渡した。

 

「やはり。こりゃ、マモリだ」

 

宮司はそう呟き、

 

H神社でA美に処置を施すからと、

義母に同行を求め、

 

すのこで妹をす巻きにして、

車に乗せて去って行った。

 

一行を見送った後、

 

義父が突然、

Rを怒鳴りつけた。

 

「お前が一緒に居たんだろうが!!」

 

夫は下を向き、

唇を噛んだ。

 

「あれは『魔漏』つー物だ」

 

義父は私にそう告げ、

何処で手に入れたか説明を求めた。

 

私が初詣の状況を詳しく伝えると、

 

「やはりG神社なぁ・・・」

 

義父は溜息をついた。

 

「Rには、幼少からこの町の歴史や

伝承を教えたんだがなぁ。

 

御霊信仰(ゴリョウシンコウ)は、

ただの言い伝え程度に思ってたか?」

 

私は昨晩、

夫が眉をひそめたことを思い出した。

 

義父は淡々と語った。

 

「G神社は、本来、

御霊信仰から興った。

 

禍津日神(マガツヒノカミ)を祀ることで

災厄を抑え、

 

逆に邪悪な神力を政に

転用するものだ。

 

それを戦後の神道指令を契機に、

H神社の一神である火産霊神を主に祀り、

 

禍津日神を境内社に祀ることで、

事実上、そこに封じ込めた」

 

その時、

黙っていた夫が口を開いた。

 

「禍津日神を頼んで、

 

あの一角には幽世(カクリヨ)に行けず、

現世(ウツシヨ)に迷う怨霊が集まる」

 

義父は深く頷いて、

話しを続けた。

 

「そう。

 

でも、だから参拝するな、

つーことではないよ。

 

あの社で禍津日神に祈りを捧げれば、

禍力は鎮まるし、

 

本来、御霊や怨霊の類は、

境内社の外には出られん。

 

だが、

 

その目的を理解せずに参拝すると、

おかしなことになる」

 

義父は暫く私を見つめ、

言葉を続けた。

 

「授与所が在ったと言ったね。

年老いた巫女が魔漏を配っていたと」

 

私は頷いた。

 

「あの境内社には、

授与所なんぞないよ」

 

義父はそう言って苦笑した。

 

「あそこで他の神に祈れば、

 

禍津日神が怒り、

禍を増長させる結果になる」

 

義父が諭す様に私に言った。

 

「だが、禍霊共が外に出るには、

媒体が必要だ。

 

魔漏はその代表だよ。

 

その巫女は、

神霊の権化かも知れん。

 

若しくは、町の何者か。

 

昔からここに居る者の中には、

 

未だに御霊信仰に傾倒する者も

皆無ではない」

 

義父は私に、

初詣中にA美に異変があったか訊ねた。

 

私は、妹がおかしな声を聞き、

何かに怯えていたこと、

 

腰を痛がっていたことを伝えた。

 

義父は、

 

「曲霊(マガツヒ)の好き嫌いも

あるからなぁ」

 

と呟いた。

 

そして言った。

 

「A美ちゃんは波長が合ったのかね、

霊に気に入られたんだなぁ。

 

で、そやつは魔漏に入り込み、

 

まんまと境内社の外に出て、

A美ちゃんに取り憑いた」

 

(続く)魔漏という邪悪な御守の話 3/3

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