魔漏という邪悪な御守の話 3/3

神社

 

私がにわかには信じられない様子でいると、

義父が優しく言った。

 

「A美ちゃんは大丈夫だ。

 

宮司にしてみりゃ、

手馴れたものだよ。

 

信じようと信じまいと、

 

これからは神仏の意味を理解して

お参りすることが大事だなぁ」

 

妹と義母は、

元旦はH神社から帰らず、

 

二日の朝、

家に戻ってきた。

 

A美はH神社から戻った後、

 

何事もなかったかの様に

明るく振舞っていた。

 

私達は三が日をRの実家で過ごし、

四日に東京へ戻った。

 

別れ際、義母がA美に、

 

「一霊四魂。

 

自分を見失わず、

危うきには近づかず、

 

直霊(ナホビ)にて御魂が統治される様、

 

何時もしっかりと自分の心に

耳を傾けるんだよ」

 

と伝えた。

 

帰りの車中で私は妹に、

己の奇行を覚えているか訊ねた。

 

だが、妹は何も答えなかった。

 

追究しようとする私を、

夫がいさめた。

 

あれから一年近くが経ち、

次の正月が近づいている。

 

私は夫と、

今年も実家に帰る日程を話し始めた。

 

そんな折、

私の家に遊びに来たA美が、

 

どういう心境からか、

件の一日のことを語った。

 

「去年の大晦日、

 

私があの神社で誰かの声が聞こえたと

言ったの覚えてる?

 

あの夜、

私は誰かの声で目を覚ましたよ。

 

目を開けると、

 

辺りは真っ暗なのに

不思議とよく見えた。

 

すると、天井の隅の方から、

 

「あそんで、あそんでよ」

 

と聞こえたから、

私は声の主を探したの。

 

その時、見ちゃった。

 

天井を這って私に近づいて来たんだよ。

 

裸なのに真黒な女の子が。

 

焼け爛れた皮膚が所々、

体からずり落ちていて、

 

全身は黒焦げだった。

 

その子は逆さのまま

首をぐるりと捻って、

 

大きな黄色い目で私を捉えて、

嬉しそうに笑ったんだ。

 

更に怖かったのは、

 

異常に長い髪の毛が、

天井から床まで垂れ下がって、

 

その子が髪をずるずる引き摺りながら

這い寄ってきたこと。

 

それが、

 

ゆっくり私の真上まで這ってきて、

髪の毛が私の顔に被さった。

 

で、赤い歯を剥き出して笑ったんだ。

 

そしたら、

 

見る間にその上半身だけが、

ずずずっと天井から伸びて、

 

私の目の前に女の子が

両手を差し出して迫ってきた」

 

と、A美が言った。

 

「それから後は覚えている?」

 

と、私は訊ねた。

 

A美は頷き、

そして続けた。

 

「その後、

私は灰色の空間にいたの。

 

周囲に丸いものが四つ、

漂っていた。

 

少し離れたところにあの子がいて、

 

四つの玉を操る様子で、

何か唱えてた。

 

私は動くことも声を出すこともできず、

 

ただ立たされたまま、

その光景を見ていた。

 

四つのうち赤っぽい一つが

極端に大きく膨らんで、

 

激しく乱舞していたよ。

 

それから随分時間が経って、

私はその空間から引きずり出されたの。

 

気が付くと、

目の前に宮司さんがいた」

 

私が奇行について訊くと、

 

「自分では覚えていないけど、

叔母さんから訊いた」

 

と、笑って答えた。

 

宮司はその後、

A美に滔滔と理を説いたそうだ。

 

※滔滔(とうとう)

よどみなく話すさま。弁舌さわやかなさま。

 

神社のことや神のこと、

 

魂の成り立ち、

現世と幽世のこと。

 

妹は話を聞くうちに、

段々と恐怖感が薄れていったという。

 

話しを終えて、

妹は言った。

 

「今年は、ちゃんと禍津日神を

鎮めるために参拝したいな」

 

夫は私に、

 

「A美ちゃんは良く理解しているよ。

僕なんかより、余程」

 

と囁いた。

 

私はにわかには信じがたい話に

唖然としつつも、

 

参拝には同意した。

 

今年の正月も、

あの社へ行く。

 

だが、あの授与所があっても、

御守は絶対に貰わない。

 

そういえば一つ、

私は気になっていることがある。

 

A美はあれ以来、

お手玉で遊ぶことが多くなった。

 

H神社で処置を受け、

家に戻ったあの日、

 

妹は上手にお手玉が

出来るようになっていた。

 

彼女は時折、

私の家の和室でもお手玉をする。

 

耳慣れない唄を歌いながら、

延々と投げ続ける妹の背中を見ていると、

 

あの夜、

客間で遊んでいた、

 

得体の知れないA美の後姿が

脳裏をかすめ、

 

不安を覚える。

 

夫も少し引っかかる様子で、

それを見る度に、

 

「気にしない、気にしない」

 

と、決まって独り言を言った。

 

私も深く考えない様に努めている。

 

(終)

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