会社に届いた俺への名指しの手紙 2/2

封書の手紙前回までの話はこちら

応接室に通され、そこで手紙を見せる。

 

「○○○の文字です・・・。でも返信用封筒が刑務所の住所だなんて・・・私にも分かりません・・・。でもあの子は大人しい子ですからその人とは違うんです・・・」

 

その後に続いた会話での彼女の弁を信じるのなら、○○○とは、高校卒業後に引き篭もるようになり、大人しく優しく、でも人を怖がって彼女ですら部屋には入れたがらなかった、という人らしかった。

 

二十後半の年齢はネットで調べた受刑者のものと一致していたが、それには触れられなかった。

 

「マスコミの方なら○○○の居場所を調べられるんじゃないんですか?お願いします。もう一度会わせて謝らせて下さい。お願いします」

 

急に目をむいてそう言い始めた彼女に、自分には一般人が出来る事しか出来ない事を前置きした上で、分かった事があったら連絡致しますと伝えた。

 

「○○○さんの部屋、もし宜しければ見せて頂けませんでしょうか?」

 

恐る恐る訊いてみた。

 

彼の記した別の文章があれば、自分で筆跡を照らし合わせる事も出来るし、何かしらのヒントがあるかも知れないと思ったからだ。

 

一瞬躊躇いの表情を浮かべはしたが、「はい・・・そうですね・・・でも○○○には内密にお願いします」。そう言って彼女は二階へと俺を促した。

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その”部屋”に居ることに限界を感じた

確か三部屋あった二階は、どの部屋もドアが閉められていて廊下は薄暗かった。

 

一番奥の部屋へと通された。

 

古いタンスと押入れがあるだけの部屋だった。

 

何も無いじゃないか。

 

引き篭もりと聞いて、想像していたPCや本で埋もれた部屋とはあまりに違い、思わず尋ねた。

 

「ここが○○○さんのお部屋なんですか?」

 

「いえ・・・・・・あの・・・こちらが・・・」

 

彼女が指差したのは押入れ。

 

その時点で体が震え出したが、その後に襖(ふすま)を開け、声が出そうになった。

 

彼の部屋は押入れでもなかった。

 

押入れの中には、宗派は分からないが恐らく仏教系の御札があちこちに貼ってあった。

 

血の気が引く思いで彼女の一歩後ろからそれを眺めていると、彼女が言った。

 

「この・・・天井裏が・・・○○○が好きだった部屋なんです」

 

彼女は懐中電灯で押入れの天井を照らすと、天板の一枚を押し上げた。

 

その板だけが、貼り付いた御札が切れていた。

 

「どうぞ・・・」

 

覗く様に促される。

 

俺は逃げ出したかった。

 

でも、既に理解不能な状態と展開に頭が付いていけてなく、今思うと朦朧(もうろう)としたような形で押入れに入り、その天井の穴に顔を入れた。

 

人が住んでいたのだから当然なのだろうが、天井裏のスペースにも小窓が付いていることに驚いた。

 

薄暗い。

 

だけど見える。

 

後ろで何かが動いた気配がした。

 

慌てて振り返ったが何もおらず、彼女は押入れの外にいる。

 

霊感などは全く無い自分だから、恐怖から来る幻覚だったのだと思ったが、それでも震えは強くなった。

 

何かに押されるようにして完全に“部屋”に上がり、見渡してみた。

 

小学校の教科書、テディベア、外国製らしい女の子の人形、漫画が何シリーズか、その辺りが置かれていたのは覚えている。

 

机や椅子の類は無く、収納家具も無く、ただ床に物が置かれているだけ。

 

求めていた彼の直筆の物は無いようだった。

 

急な頭痛と吐き気があった。

 

とにかくここは何かおかしい。

 

彼女も普通ではない。

 

正直、後ろから彼女が奇声をあげて襲って来るのではないかと言う”妄想”すら頭を過(よ)ぎったし、”部屋”にいることに限界を感じた。

 

お礼を言って、天板を戻す時に手が滑り、板が斜めにはまった。

 

それまで気付かなかった板の上側が目に入った。

 

木目ではなかったと思う。

 

爪?

 

彫刻刀にしては浅く、線も歪んだ彫り・・・。

 

引っ掻き傷のようなものが見えた。

 

少量の嘔吐物が口まで上ってきて、それを無理矢理に飲み込んだ。

 

「今日はありがとうございました」

 

本来なら「何か分かりましたらお伝えします」と繋げるべき挨拶も、繋げる気がしなくなっていた。

 

一階も、今思えば応接間以外のドアは閉ざされていたし、その応接間も恐らく元々二部屋だったのものをリフォームで一部屋にしたような広さだったが、中央にアコーディオンカーテンが引かれていて半分は見えなかった。

 

その日はそのまま帰り、酒を煽って寝た。

 

何一つ解決していないし、気になる事もあの家にまだあるけれど、もう行く気がしない。

 

去年の十二月にあったこの事が今でも怖い。

 

彼女からは一月に一通だけ手紙が届いた。

 

年始の挨拶ではなく、「もう一度来て今後のお話をしませんか?」と言う内容と、「○○○が中三の頃にイジメに遭い、それでも元旦に親戚で集まった時に皆と話して元気になって卒業と進学が出来た事から一月は好きな月なのです」というエピソードが添えられていた。

 

嘘ではあるが、転勤の可能性をほのめかして今後は余り力になれない事をお詫びする文面で返事を出し、それ以来は何も無い。

 

訪問した際に渡した“名刺”が非常に悔やまれるし、その辺で歩く時も必要以上に周囲を気にしてしまう。

 

名前を出す仕事をしている人は本当に気を付けて下さい。

 

真相がはっきりしないままの長文にお付き合い頂き本当にありがとう。

 

(終)

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