長い間、誰も帰って来ない家 2/2

古い家

前回までの話はこちら

拓也のイタズラだろうと思って、「おーい拓也、やめろよー。先生に言っちゃうよ」と、ドアの外に向かって叫びました。

 

が、拓也の声は聞こえないし、人の気配もしません。

 

ドアは曇りガラスのようになっていたので、人が前に居ればシルエットで分かります。

 

だんだん本気で怖くなり、半泣きになりながらドアを叩き、外に居るはずの拓也に助けを求めました。

 

しかし、どんなに叫んでも気付いてはくれませんでした。

 

「ここにいれば誰かが助けてくれるだろう」

 

そう考えて、僕と哲夫は救助を待つことにしました。

 

体育座りをして浴槽に寄りかかりながら、ドアの方を向いて待ちました。

 

10分くらいした頃、哲夫が泣き出してしまいました。

 

「助からない」とか、「死んでしまう」とか、「拓也はもう生きていない」とか、ネガティブなことをずっと言っていました。

 

すると、後ろの浴槽から音がしました。

 

体中から変な汗が噴き出た感じがします。

 

怖すぎて後ろを見ることが出来ませんでした。

 

また音がします。

 

濡れた布と布をこすったような、「ぬちゃ・・・ずりゅ・・・」という感じの音です。

 

思い切って後ろを見ると、閉まっていたはずのフタが片方ずれて開いていました。

 

もう何が何だか分からなくなり、もう一度ドアの外に助けを求め叫びましたが、もちろん誰も応えてくれません。

 

音はまだしています。

 

フタが開いているせいか、とても聞こえやすくなっていました。

 

哲夫は俯いたまま、ブツブツと何か言っています。

 

聞き取ることは出来ませんが、それは哲夫の声ではなかったように思います。

 

哲夫の声は、女の子のような可愛らしい声です。

 

しかしその時の声は、低くくぐもったような、そんなような声でした。

 

ドアに背中を付け、浴槽を凝視していました。

 

何かが出てくるような気がしていたからです。

 

こんな所に入って来てしまったことを、心の底から本気で後悔しました。

 

家に帰ったらお母さんと先生に謝ろう、そう考えていました。

 

音はずっと聞こえていたと思います。

 

浴槽を凝視し続けてどのくらい経ったかは分かりませんが、音は鳴り止みません。

 

すると、小さな手、赤ちゃんの手のようなものが、開いたフタの隙間から見えているのに気付きました。

 

僕は思わず嘔吐してしまいました。

 

哲夫は未だに何かブツブツと言っています。

 

「哲夫!おい!逃げようよ!哲夫!」と、肩を掴んで揺さぶりましたが、目は虚ろ、口からは唾液が垂れていました。

 

僕は本気で泣いていました。

 

ふと、ドアの向こうに人の気配がしました。

 

浴槽からはさっきの音とは違い、呻き声のようなのものが聞こえてきました。

 

助けに来てくれたと思い嬉々としてドアの方を見ると、曇りガラスに顔と手を押し付けた女の人がいました。

 

前髪を真ん中から分けた短めの髪の女が、大きな口を開けてこちらを見ていました。

 

顔をべったりと貼り付けているので、どんな表情なのかはっきりと分かりました。

 

口が動き出し、何か言っています。

 

何か言っているのは分かるのですが、その内容は分かりません。

 

僕はその女から目が離せませんでした。

 

女は両手をゆっくり、物凄くゆっくり上げたかと思うと、物凄い力でドアをドン!ドン!と叩き出しました。

 

僕はそこで気を失ってしまったようでした。

 

目が覚めた時、僕は自宅の布団に寝ていました。

 

誰も居ない部屋で一人でした。

 

急にとても怖くなり、部屋を出ると居間には母がいました。

 

母は泣きながら僕を抱きしめて、あの時のことを話してくれました。

 

どうやら僕は、1時間程あの家に居たつもりだったのですが、2日近くも居たようです。

 

拓也は僕と哲夫を置いて先に家へ帰ったそうですが、翌日学校には僕と哲夫が来ておらず、先生から「2人が失踪した」ということを聞かされたそうです。

 

拓也はその日は怖くて先生に言えなかったそうですが、家に帰ってから親にあの日のことを話したそうです。

 

警察が助けに行った時、僕は風呂場で気絶していたという。

 

母の話によると、左のふくらはぎに『とても小さな歯形』があったそうです。

 

そこで僕は母に、「哲夫は?哲夫が変になっちゃって。変なことずっと言っていて・・・」と泣きながら訊きました。

 

すると母は、「哲夫君は今病院にいる。哲夫君に会いたい?」と。

 

僕が会いたいと言うと、「じゃあ、明日会いに行こう。でも、哲夫君を見ても泣いちゃダメよ?大きい声も出しちゃダメ。いい?約束だからね?」と、とても怖い顔をして言いました。

 

翌日、哲夫に会いに行くと、案の定あの時のままで、不気味な言葉をベッドに座ったまま呟いていました。

 

僕はそれ以来、怖くて哲夫には会っていません。

 

なんだかとても申し訳なく、またあの時のことを思い出してしまうからです。

 

拓也とは今も連絡を取っていますが、哲夫の話はタブーみたいな雰囲気があり、話すことが出来ません。

 

(終)

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